2014年12月29日 (月)

2014年の七つ

○エリック・クラプトン 武道館ライブ 2.21
 「来日40周年記念公演」と銘打たれたツアー。これまで何度か彼の武道館ライブに出かけたが、今まででもっともハードに徹した演奏だったように感じる。間もなく70歳とは思えぬ。力をもらう。

○高千穂の町と神楽
 「神話の故郷」として知られる高千穂。
 かつて国家の統治(政治)には「始まりの物語」が欠かせなかった。力の掌握と維持を理由づける根拠づくりは切実で、現実からの「超越」がどこかに示されなればならない。
Takatiho3_2 「神が降りた地」として挙げられる高千穂。けれども、夜の高千穂神社で毎
晩演じられる高千穂神楽は、厳かな「超越」を引き下ろす面白さに溢れている。4作ほど演じられたが、とくに興味深いのは「御神躰の舞」。別名「国生みの舞」。神話通りイザナギとイザナミが(酒を造って)抱擁しあう。神話世界が、笑いを誘う神楽となる。庶民のしたたかさを感じる。
Takatiho1 翌朝、町のコミュニティバスの始発に乗る。乗客は私一人。手入れされた棚田を車窓から眺めながら向かったのは、天岩戸神社。西本宮の遙拝所から、岩戸川を挟んで対岸の岩山に目を遣ると、アマテラスが隠れたという「天岩戸」がうかがえる。そのように、神職の方から説明を受ける(撮影禁止)。
 続いて岩戸川の渓流添いに道を下ると出現した天安河原は、アマテラスが岩戸に隠れてしまい、困った八百万の神々が相談したという場。早朝で、はじめにいたカップルが去ったあとは、私だけ。河原には小石がいたるところに積まれている。神々が集ったと物語られる洞窟内に立ち、水しぶきを上げる急流の岩場や向かいの山を仰ぎ見ていると、冷気と霊気に包まれ、怯えすら覚える。10分ほどで立ち去りたい気分に。
Takatiho2_2 もうひとつ、観光スポットである高千穂峡へ。大方の観光客は自動車で曲がりくねった道を簡単に降りるが、私はまち中から歩き、重いバッグを背負い汗を流しながら降りた。両側を高い崖で挟まれた渓谷はたしかに絶景。秘境の趣きが深まる。
 こうして散策してみると、高千穂が神が降りたという物語を演出するのにふさわしい土地であることはたしか。こじんまりした町中を歩けば、子どもたちから大人まで皆さん、私のような行きずりの旅人に挨拶の言葉をかけてくれる。大都市の街ではみられない。ありがたく受けとめ挨拶を返した。バスセンターに貼られていた写真にみえるかつての街並の勢いは薄れていても、滞在日程を延ばしたくなる町だった。

○『資本主義の終焉と歴史の危機』
 水野 和夫 (集英社新書)
Sihonshuginokiki すでに2年前に出た前著『世界経済の大潮流』に引き続き、資本制の危機(と終焉)を改めて丁寧に展開している。「成長を求めるほど危機を呼び寄せてしまう」今日の資本制の限界を省みずに、無理やりの「成長」薬を注入する現政府のやり方は、必ず怖い反動をもたらすにちがいない。「タイム・イズ・マネー」の時代は終焉を迎える、そう言い切る勇気をもつ著者は希有な存在。「西欧の終焉」をも告げる。

○宗像大社国宝展(出光美術館)
 自然との対話を、西欧キリスト教宗教学者タイラーは「アニミズム」と定義したが、そうした狭いとらわれを破ってものごとを考えるべきことを改めて教えてくれる。

○折口信夫の論考Origutitenno_2
~『折口信夫 天皇論集』(講談社文芸文庫)&「大嘗祭の本義」(『古代研究Ⅱ』所収)~
 「罪」、「負い目」の発生について深い考察を残し、近代を超える存在観を巡らすにあたりさまざまなヒントを与えてくれる。

○『借りの哲学』ナタリー・サルトゥー=ラジュ
 「借り」(負債、負い目)から文明観(哲学)をとらえるユニークな書。同時に、西欧的視点の限界も示している。

○『あたりまえのこと』樫山欽四郎
 古書店で手に入れる。
 たとえば、こういうフレーズがある。
 「科学自身は限界をもっている。それは人間に限界があることに由来する」。
Atarimaenokoto_2 1978年の出版だが、このフレーズは、半世紀以上前の1961年に書かれたエッセイにある。ヘーゲル哲学研究者である樫山さんが遺した「あたりまえのこと」は、今に至るも「近代の限界」を見ようとしない思考を厳しく批判する。
 じつに大きな思想的恩恵を私が受けてきた吉本隆明さんもまた、徹底して近代の刻印を受けている。科学技術の課題は科学技術によって解決するしかないとして、脱・反原発の論を彼は批判した。吉本さんのいう「科学技術は科学技術で……」という論はその枠内ではじつにもっともなこと。であるなら、廃棄処分も技術的解決に決着をつけられるまでは、そもそも原発を稼働させるべきではなかった。当然今日も再稼働されるべきではない。
 樫山さんの言のとおり、科学自体が限界をもっている。人間は具体的な場でしか生きられないという制約(限界)のもとで生きているからだ。そういう人間存在の負い目を「近代科学の絶対性」は問おうとしない。「人間が絶対」であろうとする近代の特徴は、科学技術と経済に示される。限界をもつ「科学」は、「科学」の外側から相対化されるしかない。そうした視線を、「素人」とか「人間(の進歩)を否定する」とか「軟弱・センチメント」(石原慎太郎)等の言辞で排すること自体、徹底した近代主義にほかならない。反・脱原発は、近代の「正義」や「イデオロギー」次元のことではない。
 福島第一原発の事故とその後、被災者と地域がこうむっている状況の重さは、いささかも軽くならない。

2014年3月10日 (月)

「船便でjazzが来る」

 酒田から羽越西線に乗る。二両編成の列車は吹雪く中を最上川に沿っDscn1383_2 登っていく。山々は白く、線路際にも雪が高く積もっていDscn1395_2 る。

 新庄を経由して山形駅に出たのは夕暮れだった。降りたら寄りたい店があった。ジャズ喫茶OCTET
 駅前に出てから道に迷って戻ったあと、ようやくひっそりした路地脇に、それらしい小さな灯りを見つけけ辿り着いた。駅から数分のところだ。
Dscn14321  玄関の横に掲げられた板には、「船便でjazzが来る」なんて書かれている。

 ドアを開けると、奥の席に座ってテーブルに向かい作業をしていた男性が一人。ご主人のよう。「いいですか」と尋ねると、「どうぞ」。ほぼ同世代のよう。客はいない。ピアノトリオの曲が流れていた。
 「どちらから」と尋ねられ、「東京からです。仕事で酒井に出たあと、寄りました」と答える。
 古いお店で、すべてが円やかに感じられる。草花もきちんと添えられている。
 膨らんだリュックサックを下ろし、カメラをテーブルにおき、コートを脱いでから、ブレンドコーヒーを注文する。
 ドア脇に貼られた紙を見に寄ってみると、近年亡くなったジャズ演奏家の訃報記事が拡大されたものだった。
Dscn14351  「知ってるミュージシャンがほとんどいなくなりましたね」と店主。「そうですね、ジム・ホールも亡くなりましたね」と答えると、そのジム・ホールの記事も上の方に貼られているのに気づいた。

 「リクエストがありましたら、なんでもどうぞ。ただし、あるものになりますが」と笑う。
 巡らしてみたが、なぜかリクエストしたいという気持が起こらない。この店でご主人が気ままにかけているレコードを聴いているだけで十分、そのほうがいい、と思えた。
 冷え冷えした冬の夜は、若い頃の原体験のせいか、なぜかマル・ウォルドロンのピアノと結びつくけれど、このお店でわざわざ聴きたいとも思えない。
 何枚かのアルバムが流れていたが、それぞれしみじみとしてよかった。

 「いつから営業されているのですか」。そう尋ねると、1971年から、とおっしゃる。途中で家主の都合で建て替えもあったらしい。
 「1971年……」。私と同じ世代のようで、なんとなく推測がつく。ある分岐がご主人の中であったのだろうな、と。
 あとは言葉は交わさなかった。ジャズを聴きながら、原稿を書いたり、考えごとをしたり、店内を眺めていた。
 一時間ほどして、ようやく客が一人。馴染みの客らしい。カウンターに腰を下ろし、マスターと話を始める。
 ジャズの店に来たら、トイレに行かねばならない。張り紙や落書きなども、店の一部として欠かせないからだ。きちんとしていて、ポスターが貼られていた。

 東京のジャズの店もお洒落でよいけれど、古くから続いてるこういうお店の味わいにはかなわない。ご苦労されているのだろうけれど、そんな気配は微塵も感じさせず、淡々と店を続けている感じだ。

 1時間半ほどいたろうか。「ごちそうさま」と支払いをすませたあと、「とてもいい時間でした」と素直にお礼の想いを述べる。
 すると、ドアを開けようとした背中に、マスターが「ありがとう!」。会話のときと異なり少しハイトーンで、強くて太い声だった。その響きがじわっと私を包んだ。それは、客と店主という関係上のものではなく、同士というか仲間といった距離を感じさせるものだった。わずかなひとときの出逢いと別れだけれど、味わい深い時間が過ごせた。感謝したいのはこちらだった。
 ドアを開けると、夜の冷えこみが増し、雨が雪に変わり始めていた。

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(春を待つ酒田の山居倉庫と欅並木)

2013年12月31日 (火)

今年の10点 ~2013年~

 今年の前半は吉本隆明論(『吉本隆明と二つの「敗戦」』)の執筆・編集、後半は次のテーマの執筆にとりかかり、ほとんどその二つに集中した一年。
 そんな中、合間に接して印象に残った作品は――。

○エリック・クラプトン『OLD SOCK』

Old_sock  御年68のクラプトンのアルバム。ジャケット写真の彼は、好々爺といった感じ。私にも馴染みのある曲がたくさん選ばれ、演奏は豪華な顔ぶれが脇を固めている。
 「ALL OF ME」はポール・マッカートニーがアップライト・ベースとヴォーカルで参加。ゲイーリー・ムーアの「STILL GOT THE  BLUES」は大好きな曲だったけれど、そのアルバムをなくしていた。ハモンドオルガンのスティーヴ・ウィンウッドの参加を得て、名演奏。今年一番聴いた曲かもしれない。

○宮崎駿『風立ちぬ』

Kazetatinu_2   宮崎駿さんのアニメーション映画を劇場で観るのは、この作品が初めて。これまで熱心な受け手ではまったくなかった。
 概念としての「自然」ではなく、風や雲、草木、水の動きや音、大地の生成……ああ、この人はこれらをていねいに描くことに燃え、とことんこだわっているんだな、と気づく。二度映画館に足を運んでしまった。

○九鬼周造『いきの構造』

Ikinokozo  祇園から人力車で京都大学に通い教壇に立ったという伝説をもつ九鬼周造、昭和五年の書。

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「いき」は恋の束縛に超越した自由なる浮気心でなければならぬ。
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 九鬼と交わりのあったハイデガーが、とても理解できないとした「いき」についての、みごとな文体の論考。もちろん危うさも潜んでいる。

○ジャン=ポール・ジョー監督『世界が食べられなくなる日』

Taberarenakunaruhi_2   分子生物学者、ジル=エリック・セラリーニ教授が行った、遺伝子組み換え作物をラットに与えた世界初の実験。前世紀に生まれた「遺伝子組み換え」と「原子力」という二つのテクノロジーをめぐって警鐘を鳴らすドキュメンタリー。

○水野和夫『世界経済の大潮流』

 刺激的な資本主義論。こういう経済学者さんにもっともっと頑張っていただきたい。
 
○中沢新一・國分功一郎『哲学の自然』

 同感するところ、多し。

○藻谷浩介・NHK広島取材班『里山資本主義』

Satoyamashihonshugi  とりあげられたさまざまの事例に刺激を受ける。

○堤未果『(株)貧困大国アメリカ』

 「自由」と「民主主義」の大国の惨状は、他人事ではまったくない。

○エル・グレコ展(東京都美術館)

○吉本隆明『開店休業』(追想・画 ハルノ宵子)

 吉本さんが最晩年に書いたエッセイのそれぞれに、長女ハルノ宵子さんが追想(コメント)を付けたもの。ハルノさんの追想から、吉本さんの思考と嗜好を裏づけるいくつかの事実を知る。彼が化学調味料「味の素」を発売当初からずっと「信奉」し、梅干しなどには「真っ白の雪山のようになるまでかけ」ていたこと。奥さんの和子さんが「料理を食べることも作ることもまったく愛せなかった」ということなど。意外であったが、よくよく考えると、なるほどと合点がいく。拙著で示した吉本さんの農業論、食のとらえ方の背景と符号する。
 来年「吉本隆明全集」が晶文社から出るようだが、その刊行にあたり二人の娘さんが寄せた文章はじつに味わい深い。

2013年3月13日 (水)

「PLANETS」vol.8が投げかけていること

Planets8  人文・社会科学系の新刊売り場には場違いと感じられる、異質な表紙の雑誌が平積みされている。表紙モデルは、AKB48の横山由衣ちゃん。雑誌は「PLANETS」第8号。
 AKB48のメンバー名を挙げるとなると、前田敦子、大島優子、篠田麻里子、板野友美、高橋みなみくらいしか浮かんでこない。なにせ最近は、ますます古典にますますはまりこんでいる。当然この子も名前も知らなかった(ちなみにわたしはAKB48よりは、きゃりーぱみゅぱみゅのほうに新鮮な驚きを感じている)。

 さて、AKBの子が表紙を飾るこの雑誌、しかし、あるいは、ゆえに、というべきか、そうとうに密度が濃く、わたしのように頭が凝り固まりがちな世代には挑発的なほどの刺激を与えてくれる。今一番元気な雑誌といっても過言ではないと思う。
 丁寧な編集とその充実度、ジャンルの多岐性において、とても優れている。カラーも多い232頁の雑誌で1800円(本体)というかたちを、既存版元に寄らずに自力で刊行しつづけているのも驚きだ。
 もちろんハード面だけではない。雑誌の鋭いコンセプトは、座談、鼎談、インタビューで主に構成された全ページに貫かれている。

 この号の特集タイトルは「僕たちは<夜の世界>を生きている」。「夜の世界」とは、サブカルチャーやインタネット環境(世界)を指している。政治や経済の「昼の世界」がすでに終わっているなかで、この「夜の世界」こそ、「自由と生成のフロンティア」だと同誌は高らかに宣言する。
 戦後的な社会システムが機能しなくなったなかで、ポスト戦後的社会システムが構築されていない。否、その青写真すらも示されていない。「僕たちはこの20年間、ずっと放置されてきた日本のOSを今こそアップデートしなければならない、そのための手がかりは既にこの日本社会の内部にあふれている」。それは「昼の世界」でしばしば語られる「ものづくり」や「市民社会」には存在しない。サブカルチャーやインターネット世界にこそ存在する、と謳う。
 語られる分野は、政治(ポピュリズム)、社会、経済、原発、ソーシャルメディア、ゲーム(ゲーミフィケーション)、ファッション、性、子育て、社会起業、NPO活動など、幅広いジャンルが網羅され、いま注目を集める若手の論客たちや、IT産業やNPO活動をしている若者の考えが示されている。

 責任編集者宇野常寛氏の発言を少し挙げてみよう。

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「20世紀までの西洋近代的価値観では「エリート」と「大衆」、「固有名」と「匿名」、「目的」と「手段」、「現実」と「虚構」といたような二元論的にイメージされていた世界観」を、一元的な想像力によって置き換える……。
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 戦後社会の建前的な精神がすでに機能しない現状を踏まえ、こう語る。

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……、匿名社会的・分人主義的・キャラクター的なるものを基礎に、それがかつてのような暴走や「無責任の体系」的な体制に陥らない状態でそのまま機能させるにはどうしたらいいかを考えるほうが、長期的には現実的なのではないでしょうか。
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 わたし自身の興味に引きつけて一例を挙げれば、「人間的」と「動物的」という、近代主義的概念への疑義を根柢から提出している(いくつかの対談、鼎談で現にそのように語られている)。「欲望」か「反欲望(禁欲)」か、という近現代の枠組みをどう破るか、と受けとめることができる。
 それは、おそらく失われた20年でのOS更新にとどまらず、近現代(的西欧知)のとらえなおしにまで及ぶ質を含んでいる。その可能性を日本のサブカルチャーやインターネット世界の現在にこそ探ろうとする。しかもそこにこそ「楽しさ」があることを、(ルサンチマンによらず)自らが生きるなかで示したいというところに、従来の「目的」と「手段」を分けるスタイルを超えた新しさもみえる。わたしのような世代も、こういうテーマを避けて「現在」を語ることはできない。

2012年12月14日 (金)

2012年の五つ

 今年は3月に吉本隆明さんが亡くなり、彼の遺した様々な論考とずっと向きあい続けてきた。とても大きな影響を受けた思想家の死だったから、当然のことだ。とくに3・11と原発の問題をめぐり、彼の表現を検証せざるをえなかった。近いうちにサイトに連載を始めたい。そんなわけで、今年も新しいものに触れる機会はあまりなかった。

○ハイデガー『技術論』『放下』
 3・11後について考えているうちに、昔の理想社版選集に収められていたハイデガーの技術論に接してみた。戦後に発表されたものだが、西欧形而上学批判が基礎にあるので、近代科学を相対化してみる目は鋭い。優れた講演だ。
 「近代科学」とは「自然現象があらかじめ算定できるものだということを、確保するような知識を追求するのです」(『技術論』)と、近代科学の限界をはっきり指摘し、踏まえている。そこでは人間が「役立つものの仕立屋」になってしまい、傲慢にも「地上の主人顔」をしている、と。
 思惟には、「計算する思惟」と「省察する追思惟」の二種類があるけれど、前者は世界を「役立つもの」としてとらえるので、存在を見る眼を曇らせてしまう。自然現象をあらかじめ想定できるものとしてのみとらえようとする近代科学の狭さ、限界が明らかにされている。
Heidegger_2  そして当時、ノーベル賞受賞の科学者たちがボーデン湖にあるマウナウ島に集まり発表した、「科学」が人類を幸福な生活に導くという宣言に疑義を示し、原子力時代が抱える原発問題に迫っている。「計算する思惟」によって、「自然は、他に比類なき一つの巨大なガソリン・スタンドと化し、つまり現代の技術と工業とにエネルギーを供給する力源と化します」とし、それが17世紀の西欧において成立したとみている。
 翻ってみると吉本隆明さんには、酷なようだがそうした視点がみられなかった。技術はただ技術によって超えられる、とするだけだった。科学の進歩を阻止してはならないし、それを阻止するのは暗黒の時代に陥るのだ、と。たしかに時代的な背景をみておかなければならない。人間的な善悪で科学をとらえてはならないという原則を語ることで、かつての(ソフト)スターリニズム批判を貫こうとした姿勢はわかる。ただ、そこにこだわりすぎた。吉本さんも時代に規定されたのだ。そのことを素直に受けとめるべきだろう。
 むしろ問われるのは、吉本さんに「追随」する一部の人が、ハイデガーの技術論を曲解して、技術の本質は人類の主体には帰属しないのだから、人間が技術をコントロールなんてできやしないと、脱原発や反原発の声は無意味、ファシズムと批判していることだ。科学技術の進歩と、現実の生活圏での原発稼働とを短絡させる。また原子力による電力生産によってうみだされる廃物処理のことにも、まったく口を閉ざしている。

○中沢新一「『自然史過程』について」(「新潮」5月号)
 「試行」1984年5月刊の「情況への発言」で、「だが中沢さんよ」と挑発気味に始まった吉本さんと中沢さんの二人のやりとりは、のちに互いに書の解説を寄せあったり、対談する間柄になる。梅原猛も加えた『日本人は思想したか』もまた内容の濃い鼎談だった。
 中沢さんは、亡くなる数ヵ月前の吉本さんの「週刊新潮」発言について、「たとえその結論には真っ向から異を唱えなければならないとしても、私はこのインタヴューでの発言を、思想家吉本隆明の真性の思考から生まれ出たもの」と受けとめたうえで、原子核技術、原子炉の問題点を鋭く指摘し、あえて吉本の原発論に異を唱える、「原子核技術は失敗したモダン科学の象徴なのである」と。
 そして最後にこう記す。「一人の偉大な思想家を追悼するためには、その人の思想を正しく理解しながら、その人を限界づけていた時代のくびきを解いて、その人の思想に秘められていた可能性を新しい地平に開いていくことこそ、その人にふさわしい敬意の表し方であろうと、私は思った」と。
 じつにまっとうな姿勢だ。

○松任谷由実『日本の恋と、ユーミンと。』
Yuming1  松任谷由実40周年記念ベストアルバム。いつのころからか、新譜を買わなくなってしまったけれど、初期から80年代まではしっかり追いかけた。90年代前半くらいまではアルバムも買ってきた。どうあれ、荒井由実時代から40年というのはたいへんなことだ。敬意を表したい。彼女についての評論『ユーミンの吐息』を上梓したのは1989年。ユーミンについての書籍は当時まだほとんど出ていないころだった。その10年後、カメラマンと組んで『探訪松任谷由実の世界』を企画・編集・執筆した。
 今回のベスト盤を聴くと、初期・中期の作品群が傑出した輝きをまったく失っていないことを改めて感じる。当時の時代風景、肌触り、匂いがよみがえる。それに、近年の曲にも新たな発見あり。

○八代亜紀『夜のアルバム』
 近所のTSUTAYAで見つけたのが、演歌界を代表する八代亜紀さんがジャズを歌ったアルバム。ジャズのスタンダードから、「ワン・レイニー・ナイト・イン・トーキョー」「私は泣いています」などの日本の歌も採りあげている。若いシンガーが挑戦するジャズではなかなかない味わえない深みが、八代さんの世界にはある。かつて松尾和子が歌った「再会」は面白いアレンジ。「枯葉」は、1959年の石原裕次郎バージョンだそう。裕次郎のオリジナルは聴いたことがないが、この八代さんの「枯葉」も捨てたものではない。あえてひとつだけいえば、バラードのなかであっても、もう少しスイング感がほしかった。やはり日本人の限界なのかな。

○グレン・グールド『バッハ・パルティータ全6曲』
Partitas  グールドのバッハのなかでも、もっとも好きなパルティータ。1960年代だろうか、レコード2枚組みのものを買った。今回のCD4枚組でずいぶん廉価になっていた。「ゴールドベルク変奏曲」や「平均律クラヴィア曲集」、「二声と三声のインベンション」ももちろんよいけれど、わたしにとっては「パルティータ」が最高峰に位置している。

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 ほかには、若手の評論家宇野常寛・濱野智史両氏の対談『希望論』(NHKブックス)が、ソーシャルメディアやデジタルネットワークがどういう地殻変動を社会にもたらしつつあるのか、その可能性を探っていて、それを措いて社会を論じることの無効を告げている。
 想い出したが、今年は珍しく惹かれたテレビドラマがあった。春に続いた「最後から二番目の恋」(脚本=岡田惠和、演出=宮本理江子ほか)。秋にもスペシャルが放映された。通勤帰り、江ノ電極楽寺駅の改札前でいつもバッグの中をまさぐってパスモ(?)を探しつづける小泉今日子と、毎度同じことをくりかえす彼女に呆れる中井貴一のやりとり、口げんかが魅力のドラマ。古民家の温もりが感じられる、ちょっと暗めで湿り気のある空間と、鎌倉・湘南の街を舞台にした二人の掛けあいは、楽しく小気味いいものだった。ヌーヴェルヴァーグの手法を用いたり、映像も魅せてくれた。
 フィリップ・ガレルの「愛の残像」は、期待して青山の映画館に出かけたが、映像はいいものの、描かれた世界はフランスインテリ階層的なこだわりにしかみえず残念。
 桑田佳祐『I LOVE YOU』では、中原中也、太宰治、与謝野晶子、高村光太郎、芥川龍之介、小林多喜二、石川啄木、宮沢賢治、夏目漱石ら、近代文学者の名作のフレーズも歌にしてしまっている。ロック調にしても、この人の力は衰えをみせない。

【番外】
○加藤智大『解』
Kai  加藤智大という名はもう忘れられつつあ るのかもしれない。7名の生命を一瞬にして奪い、10名を傷つけた秋葉原連続殺人事件の被告。死刑判決控訴中の彼の手記『解』(批評社刊)が今年刊行された。
 家庭で育った環境が彼の成長に深刻に影響を与えていることが伺える。そのひとつが、間違った相手の考えを改めさせるためには痛みを与えなければならない、ということ。かつての自らの自殺予告は、他人の「間違った考えを改めさせる」ために心理的に痛みを与えるものだったとか、「会社の間違った考え方を改めさせるために」会社のトラックを破壊して痛い目にあわせてやろうと発想している。秋葉原の事件も、そういう発想の延長でなされている。自分がこだわったネット掲示板での「成りすましら」へ心理的痛みを与えるものだった。自らそう書いている。
 その発想の根深さを示すフレーズをひとつ引用してみる。
 「私は成りすましらとのトラブルから秋葉原で人を殺傷したのではなく、成りすましらとのトラブルから成りすましらを心理的に攻撃したのだということをご理解いただきたいと思います」
 同じことを視点を変えて語っているだけにすぎないのだが、そこにこだわりつづける。実際の殺傷行為は意識のなかで霞み、ネット上の「成りすましら」への心理的攻撃だったと主張しつづけている。殺人が目的ではなかった、と。
 彼なりに反省の姿勢は伺える。けれど、ここに特徴的にみられるのは、ネットこそがリアルであり、非ネット(現実社会)は非リアルに転倒されていること。少なくとも、彼がかつてネット世界に生き、事件を起こしたときは、そのように彼の世界は構成されていた。
 顔を合わせたことのない人が集う掲示板(ネット世界)を生きることに収斂され、顔を合わせる非ネット社会は手段化される。ネットにおける関係が拠りどころになり、そこにすべてが絞りこまれ、ネット上での見えない他者への怒り、「心理的攻撃」が非ネット(「現実」社会)を手段化し、そこに存在する人を傷つけた。
 家庭的・社会的関係など事件の要因、背景をさまざまに挙げられるし、防止する手段(生き方のノウハウ等――彼自身もあとでそれを自覚しているようだ)も指摘できるが、なにより、ネット世界がこれまでリアルとされた現実社会(非ネット世界)を後景化させ、手段化させて初めて起こされた事件。そういう時代の本格的始まりを告げるものだ。
 ひとつだけ私見を述べれば、この事態をとらえなおそうとするとき必要なのは、ネット・非ネットを貫き基底に流れる心的価値交換のドラマであり、そういう視点から今日のソーシャルメディアを再考することだと思う。

2011年12月17日 (土)

今年の5作(2011年)

 振り返ってみると、今年2011年も、創世記、カント、ヘーゲル、マルクス(『資本論』『剰余価値学説史』等)、モーゼス・ヘス、マルセル・モース、鴨長明、道元、安藤昌益など、古典と接している時間がほとんどだった。3月11日の東日本大震災と原発事故とは、古典との対話のなかで考え続けてきた。それでも「浮き世離れ」が加速した感は否めない。5作も見当たらず、4作となってしまった。

◎中沢新一『日本の大転換』
 すでに本ブログに書いたとおり。日本文明の「根底からの転換」を迫る書。

◎鎌仲ひとみ 『ミツバチの羽音と地球の回転』
 映画自体は、昨年、つまり福島第一原発事故以前に制作されたものだが、3.11後、作品の重みをさらに増している。
Mitubati  中国電力の上関原発計画予定地の対岸に浮かぶ祝島島民の暮らしと反原発運動を描いたもの。島のおばちゃん、おばあちゃんたちの生き生きとした生活と闘争の活写は、女性監督だからできたのだろう。熊谷博子監督が制作した「三池 終わらない炭鉱(やま)の物語」(2005年)のときもそうだった。
 鎌仲監督のこの映画で、今でも鮮明に残るシーンがある。
 海辺で対峙する中国電力社員と島民のやりとり。建設強行を狙う中国電力社員の管理職とおぼしき人物が、祝島近くにやってきて船上から島民にハンドマイクで呼び掛ける。
 「このまま、本当に農業とか、第一次産業だけで、この島がよくなると、本当にお考えですか? 人口は年々、年々減っていって、お年寄りばかりの町になっていっていることは、皆さん自身が、よくおわかりではないかと思います」
 島民「どんだけ年寄りが増えようが、どんだけ厳しかろうが、祝島の人間は、自分たちの力でがんばっちょるんじゃ、お前らに、いらん世話をやかれんでも、ええ」
 中国電力社員「みなさんが心配しておられるような、海が壊れるようなことは絶対にありません。絶対と言ってよいほど壊れません」
 島民「中電が絶対と言って、絶対の試しはないじゃないか」
 ――電力会社社員のあまりのお節介・僭越発言には、さすがに客席から野次を飛ばしたくなった。

◎あがた森魚『俺の知らない内田裕也は俺の知ってる宇宙の夕焼け』
 これもブログで取りあげた。アルバム『俺の知らない内田裕也は俺の知ってる宇宙の夕焼け』の中でも、同名の曲が一番好きだが、「渓谷鉄道研究家になるんだ」や「霧のブロッケン」など佳曲が並んでいる。全12曲のほとんどが、あがた森魚の作詞・作曲。

◎宇野常寛『リトル・ピープルの時代』
Littlepeople  ビッグブラザー(大きな物語)が崩壊したあとの「リトル・ピープルの時代」として今日の社会を受けとめたうえで、わたしたちはどう構えたらよいのか――それが若い著者の課題である。村上春樹や、仮面ライダーなどのヒーロー番組の軌跡を辿りながら、道を探っている。村上春樹のとらえ方にはいくつか異を唱えたいところもあるが、基本的には著者の構え方を評価できるし、同意したい。
 貨幣と情報のネットワークの圧倒的な速度を奪い取り、「現実を書き換える/拡張するための想像力」を著者は訴える。このときデジタルテクノロジー界における変化に合わせて、「仮想現実から拡張現実へ」という流れに著者は光を見いだそうとしている。なかなかみえにくいのだが、これはわたしの労働論(スローワーク論)とも無縁ではないし、自らの課題として突きつけられているのだと思う。

2011年10月 6日 (木)

あがた森魚の立ち姿

 しばらくまえ、真夏の夕べ、近所の小ホールで開かれたボサノヴァのコンサートに出かけた。ギタリスト三人によるボサノヴァ、サンバということで聴いてみたかったが、それとはあまり関係なさそうなあがた森魚さんが、なぜか特別出演するというのにも、惹かれた。
 七〇年代初頭、アルバム『乙女の儚夢』は聴きこんだが、それ以来すっかり接点はなかったが、五、六年前久しぶりに「赤色エレジー」を歌う、現在のあがたさんの姿をテレビで見かけた。その歌いっぷりはなかなかよかった。

 そして、今回の舞台でのあがたさんも、期待を裏切らないものだった。「赤色エレジー」はないが、最近のうたを二、三曲披露した。「俺の知らない内田裕也は俺の知ってる宇宙の夕焼け」「渓谷鉄道研究家になるんだ」……。
 フォークでも、歌謡曲でも、ロックでも、童謡でもなく、あるいはロックのような、童謡のような、少年唱歌のような、決意表明歌のような、不思議な世界へ連れて行ってくれる。既存のエリアに収まりきらない、伸びやかな、しなやかな歌の世界。
 暗色の帽子に、同色の上下の服。絞られた体の線と動きはもたつきがなく、不思議な存在感を放っていた。

 ちょうどそのあと、一般紙に珍しく紹介されていた。黒縁眼鏡をかけていると、なんとなく永井荷風に似た風貌、雰囲気(失礼)。「80歳まで歌うよ、オレ」とのこと。
 みごとな歳の重ね方をしているなあ、この人は。

Agatamorio2

(写真はアルバム『俺の知らない内田裕也は俺の知ってる宇宙の夕焼け』)

2011年2月 7日 (月)

牛タンとジャズの夜

 牛タンの店は仙台に数あれど、「太助」が一番と地元の人に教えられ、仕事を終えたあと、地下鉄勾当台公園駅で降りる。
 それらしい地点に行くがわからず、昔からの趣きある商店のご主人に尋ねると、道路まで出てきてくれた。
 「太助さんはね、二つあるけど、どちらのほう?」と訊かれ、よくわかりません、と答えると、「それじゃあ、こちらへ行ってごらんなさい」と道を教えてくれる。どうやらこのご主人は、案内してくれた店のほうに軍配を上げているようで、にやっと笑いながら道順を説明してくれた。それが「旨味太助」。
Tasuke_2  一人で暖簾をくぐったので、開いていたカウンターの隅に腰掛ける。
 あまりにも体が冷えていたので、まずは熱燗を頼むと、「牛タン焼きですね」と軽く念を押すだけで、熱燗と牛タン焼きが運ばれてくる。
 カウンターの奥には、存在感のあるご主人らしき人が背筋を伸ばして全体を見回している。目が合い、軽く会釈する。細かく動いて仕切っているのは女将さんだろう。一人でカウンターに腰掛けていると、カウンター内との間で適度の緊張感がある。
 なるほど、それなりの老舗のようで、営業コンセプトのようなものが感じられる。「雑誌等の取材はご遠慮……」の張り紙も見える。今日の材はオーストラリア産と明記されている。
 カウンターには若いカップル、男性三人連れなどが腰掛けている。カウンター内側と客の姿を眺めながら、ちびりちびり。熱燗をもう一本頼み、牛タン焼きを平らげたところで、店を出る。

 たしかこのあたりにジャズ喫茶「カウント」があるはずなのだ。今度はハモニカ横丁のように並ぶ店のお兄さんに尋ねると、丁寧に教えてくれる。
 道路から細い路地を入りこんだようなところに、「カウント」はあった。店名はもちろんカウント・ベイシーからとったものだろう。
Basie1  ドアを開けると、トランペットのとても円やか音が溢れてくる。クリフォード・ブラウンとマックス・ローチのアルバムがかかっている。空いているので、スピーカー正面に座る。壁にはカウント・ベイシーやコルトレーンの写真が飾られている。六〇年代のジャズ喫茶そのものの感じ。ただ、乱雑さはなく、きれいだ。もうあの時代ではないのだ。トイレの落書きもなかなかお洒落に書かれていて味わいがある。ここにはビル・エヴァンストリオの写真が。ベースはエディ・ゴメスの時代のもののようだ。
 ご主人はカウンターのお客とジャズ談義をしている。そこにあとから入ってきた女性も加わる。みな、シニア。そのあとアラカン風サラリーマンさんが来店し、カウンターの逆サイドに座る。金曜の夜、仕事のBasie2 あとジャズ喫茶で音を楽しんでいる様子。いい光景。こちらもしばし、ジャズの音を浴びる。とても居心地のよい空間だ。
 こうして冷え冷えの仙台の夜は更けていく。

2010年12月23日 (木)

今年の五作

◎ジャン=リュック・ゴダール『ゴダール・ソシアリスム』(FILM SOCIALISME)
 欧州(系)文明史挽歌。
 「ミネルヴァのふくろうは、たそがれがやってくるとはじめて飛びはじめる」、そんなヘーゲルのことばが献辞としてふさわしい。
◎柄谷行人『世界史の構造』
 スローワーク論では労働が主題なのであまり触れられなかったが、互酬交換の視点から国家の両義性を改めてしっかり抉り出し、だからこそ諸国家連邦(国際連合)から「世界共和国」(カント)へ架橋しようとする注目すべき労作。協同組合的運動を評価する目もたしかだ。
◎トラン・アン・ユン『ノルウェイの森』
 原作を読んでいないと唐突な感が否めないだろうな、という流れがときどきあるが、読んでいれば、映像、言葉、音を堪能できる。
 「緑」役の水原希子ちゃんの存在が輝いている。
◎エリック・クラプトン『クラプトン』
 How Deep Is The Ocean や Autumn Leaves(枯葉)などジャズ・スタンダードになっている曲と、しっかりブルースしている曲が混じる好アルバム。How Deep Is The Ocean にはウイントン・マルサリスも参加している。

 あと一作と思い巡らしたけれど、出てこない。こちらのアンテナが昔のことばかりに向いているせいか。ということで今年は四作となりました。

2010年12月15日 (水)

映画『ノルウェイの森』の中の村上春樹?

 原作の小説『ノルウェイの森』は、村上春樹さんの作品としては、わたしのなかで珍しく評価が低かった。自分(の恋)をとりまく外部、社会への主人公「僕」(ワタナベトオル)の怒りのような感情が、当時の村上作品には珍しく強く吐露されていて、退いてしまうしかなかったからだ(それについては『村上春樹と小阪修平の1968年』でも少し触れた)。
 しかし、トラン・アン・ユン監督の『ノルウェイの森』は、そのあたりは抑えられ、ほぼ純粋に恋愛・性愛映画として作られている。
 原作が頭にあるせいか、筋を追うというよりは、その場その場のシーン、映像、会話、音を、流れるままに楽しめる。

 舞台となる1967年に始まり68年前後の時代風俗は、ヘアスタイルからファッション、大学構内の風景にいたるまで、当時を生きたものとしても大きな異和感なく観ることができる。最後のクレジットに、学生運動の監修だか指導を、当時早大反戦連合メンバーだった高橋公さん(自治労を経て現在ふるさと回帰支援センター)が担当しているのをみつけて、なるほど、と苦笑。

 速く流すべきは流し、ゆっくり追うべきは静かに追い、映像構成のリズム感は巧みだ。
 「直子」が入る京都の寮周辺の森、広大な草原の映像は、動的なズーミングも効果的で、「僕」と彼女の恋の心象を表すだけでなく、物語のダイナミックな展開を促す役割も果たしている。

 色調は明るめで鮮やかだ。日本人ではなく、ベトナム出身でパリ在住の監督ゆえだろうか。デジタルプロジェクター方式による放映も多少影響しているのかもしれない。フィルムのような深みは出しにくいのだろう。しかし、これはこれでこの時代に作られた映像として、受けとめることができる。むしろ好ましいのかもしれない。

 「僕」の松山ケンイチは、受動的な男を嫌味を感じさせることなく演じている。
 強く惹かれたのは、「緑」の水原希子。「直子」(菊地凛子)とは対照的な、動的で明るい存在をみごとに表していた。瞳と口元がつくりだす微笑みは強い輝きを放っている。彼女は本作一番の配役ではないだろうか。
 「永沢さん」(玉山鉄二)と「ハツミ」(初音映莉子)は、小説と同様の役割と味わいを十分示している。
 糸井重里、細野晴臣、高橋幸宏の各氏がちらっと出てくるのはご愛嬌。

 目が釘付けになったシーンがある。「緑」と「僕」がバーに入り、カウンターに腰掛ける。彼らは画面左側に位置している。「緑」がトムコリンズだったかを注文する。すると画面右側にちらりと見えるバーテンダーさんがカクテルを作り、差し出す。視線をぼんやりそのバーテンのほうへ流したとき、左側にいる「緑」と「僕」の会話が頭に入らなくなってしまった。バーテンダーが村上春樹さんそっくりだったのだ。ずいぶん若作りにはしているけれど、似ている。慌てて像を追ったが、はぐらかすような映像で確証はもてなかった。しかし、わざわざそっくりさんを登場させることもあるまい。公式HPのクレジットにも村上春樹出演は記載されていないが、おそらくお遊びで登場したのだろうと推測したが、どうだろうか。
 かつて遠藤周作さんが自身原作の映画『わたしが棄てた女』で、浅丘ルリ子の妊娠を診察する産婦人科医役を白衣で演じ、満面笑みを浮かべていたときよりはずっと好感がもてる(笑)、ということになるが。
 そのことは別にしても、もう一度みてもいいな、と感じさせてくれるフィルム(ではなくファイル)。

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