2013年12月31日 (火)

今年の10点 ~2013年~

 今年の前半は吉本隆明論(『吉本隆明と二つの「敗戦」』)の執筆・編集、後半は次のテーマの執筆にとりかかり、ほとんどその二つに集中した一年。
 そんな中、合間に接して印象に残った作品は――。

○エリック・クラプトン『OLD SOCK』

Old_sock  御年68のクラプトンのアルバム。ジャケット写真の彼は、好々爺といった感じ。私にも馴染みのある曲がたくさん選ばれ、演奏は豪華な顔ぶれが脇を固めている。
 「ALL OF ME」はポール・マッカートニーがアップライト・ベースとヴォーカルで参加。ゲイーリー・ムーアの「STILL GOT THE  BLUES」は大好きな曲だったけれど、そのアルバムをなくしていた。ハモンドオルガンのスティーヴ・ウィンウッドの参加を得て、名演奏。今年一番聴いた曲かもしれない。

○宮崎駿『風立ちぬ』

Kazetatinu_2   宮崎駿さんのアニメーション映画を劇場で観るのは、この作品が初めて。これまで熱心な受け手ではまったくなかった。
 概念としての「自然」ではなく、風や雲、草木、水の動きや音、大地の生成……ああ、この人はこれらをていねいに描くことに燃え、とことんこだわっているんだな、と気づく。二度映画館に足を運んでしまった。

○九鬼周造『いきの構造』

Ikinokozo  祇園から人力車で京都大学に通い教壇に立ったという伝説をもつ九鬼周造、昭和五年の書。

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「いき」は恋の束縛に超越した自由なる浮気心でなければならぬ。
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 九鬼と交わりのあったハイデガーが、とても理解できないとした「いき」についての、みごとな文体の論考。もちろん危うさも潜んでいる。

○ジャン=ポール・ジョー監督『世界が食べられなくなる日』

Taberarenakunaruhi_2   分子生物学者、ジル=エリック・セラリーニ教授が行った、遺伝子組み換え作物をラットに与えた世界初の実験。前世紀に生まれた「遺伝子組み換え」と「原子力」という二つのテクノロジーをめぐって警鐘を鳴らすドキュメンタリー。

○水野和夫『世界経済の大潮流』

 刺激的な資本主義論。こういう経済学者さんにもっともっと頑張っていただきたい。
 
○中沢新一・國分功一郎『哲学の自然』

 同感するところ、多し。

○藻谷浩介・NHK広島取材班『里山資本主義』

Satoyamashihonshugi  とりあげられたさまざまの事例に刺激を受ける。

○堤未果『(株)貧困大国アメリカ』

 「自由」と「民主主義」の大国の惨状は、他人事ではまったくない。

○エル・グレコ展(東京都美術館)

○吉本隆明『開店休業』(追想・画 ハルノ宵子)

 吉本さんが最晩年に書いたエッセイのそれぞれに、長女ハルノ宵子さんが追想(コメント)を付けたもの。ハルノさんの追想から、吉本さんの思考と嗜好を裏づけるいくつかの事実を知る。彼が化学調味料「味の素」を発売当初からずっと「信奉」し、梅干しなどには「真っ白の雪山のようになるまでかけ」ていたこと。奥さんの和子さんが「料理を食べることも作ることもまったく愛せなかった」ということなど。意外であったが、よくよく考えると、なるほどと合点がいく。拙著で示した吉本さんの農業論、食のとらえ方の背景と符号する。
 来年「吉本隆明全集」が晶文社から出るようだが、その刊行にあたり二人の娘さんが寄せた文章はじつに味わい深い。

2012年12月14日 (金)

2012年の五つ

 今年は3月に吉本隆明さんが亡くなり、彼の遺した様々な論考とずっと向きあい続けてきた。とても大きな影響を受けた思想家の死だったから、当然のことだ。とくに3・11と原発の問題をめぐり、彼の表現を検証せざるをえなかった。近いうちにサイトに連載を始めたい。そんなわけで、今年も新しいものに触れる機会はあまりなかった。

○ハイデガー『技術論』『放下』
 3・11後について考えているうちに、昔の理想社版選集に収められていたハイデガーの技術論に接してみた。戦後に発表されたものだが、西欧形而上学批判が基礎にあるので、近代科学を相対化してみる目は鋭い。優れた講演だ。
 「近代科学」とは「自然現象があらかじめ算定できるものだということを、確保するような知識を追求するのです」(『技術論』)と、近代科学の限界をはっきり指摘し、踏まえている。そこでは人間が「役立つものの仕立屋」になってしまい、傲慢にも「地上の主人顔」をしている、と。
 思惟には、「計算する思惟」と「省察する追思惟」の二種類があるけれど、前者は世界を「役立つもの」としてとらえるので、存在を見る眼を曇らせてしまう。自然現象をあらかじめ想定できるものとしてのみとらえようとする近代科学の狭さ、限界が明らかにされている。
Heidegger_2  そして当時、ノーベル賞受賞の科学者たちがボーデン湖にあるマウナウ島に集まり発表した、「科学」が人類を幸福な生活に導くという宣言に疑義を示し、原子力時代が抱える原発問題に迫っている。「計算する思惟」によって、「自然は、他に比類なき一つの巨大なガソリン・スタンドと化し、つまり現代の技術と工業とにエネルギーを供給する力源と化します」とし、それが17世紀の西欧において成立したとみている。
 翻ってみると吉本隆明さんには、酷なようだがそうした視点がみられなかった。技術はただ技術によって超えられる、とするだけだった。科学の進歩を阻止してはならないし、それを阻止するのは暗黒の時代に陥るのだ、と。たしかに時代的な背景をみておかなければならない。人間的な善悪で科学をとらえてはならないという原則を語ることで、かつての(ソフト)スターリニズム批判を貫こうとした姿勢はわかる。ただ、そこにこだわりすぎた。吉本さんも時代に規定されたのだ。そのことを素直に受けとめるべきだろう。
 むしろ問われるのは、吉本さんに「追随」する一部の人が、ハイデガーの技術論を曲解して、技術の本質は人類の主体には帰属しないのだから、人間が技術をコントロールなんてできやしないと、脱原発や反原発の声は無意味、ファシズムと批判していることだ。科学技術の進歩と、現実の生活圏での原発稼働とを短絡させる。また原子力による電力生産によってうみだされる廃物処理のことにも、まったく口を閉ざしている。

○中沢新一「『自然史過程』について」(「新潮」5月号)
 「試行」1984年5月刊の「情況への発言」で、「だが中沢さんよ」と挑発気味に始まった吉本さんと中沢さんの二人のやりとりは、のちに互いに書の解説を寄せあったり、対談する間柄になる。梅原猛も加えた『日本人は思想したか』もまた内容の濃い鼎談だった。
 中沢さんは、亡くなる数ヵ月前の吉本さんの「週刊新潮」発言について、「たとえその結論には真っ向から異を唱えなければならないとしても、私はこのインタヴューでの発言を、思想家吉本隆明の真性の思考から生まれ出たもの」と受けとめたうえで、原子核技術、原子炉の問題点を鋭く指摘し、あえて吉本の原発論に異を唱える、「原子核技術は失敗したモダン科学の象徴なのである」と。
 そして最後にこう記す。「一人の偉大な思想家を追悼するためには、その人の思想を正しく理解しながら、その人を限界づけていた時代のくびきを解いて、その人の思想に秘められていた可能性を新しい地平に開いていくことこそ、その人にふさわしい敬意の表し方であろうと、私は思った」と。
 じつにまっとうな姿勢だ。

○松任谷由実『日本の恋と、ユーミンと。』
Yuming1  松任谷由実40周年記念ベストアルバム。いつのころからか、新譜を買わなくなってしまったけれど、初期から80年代まではしっかり追いかけた。90年代前半くらいまではアルバムも買ってきた。どうあれ、荒井由実時代から40年というのはたいへんなことだ。敬意を表したい。彼女についての評論『ユーミンの吐息』を上梓したのは1989年。ユーミンについての書籍は当時まだほとんど出ていないころだった。その10年後、カメラマンと組んで『探訪松任谷由実の世界』を企画・編集・執筆した。
 今回のベスト盤を聴くと、初期・中期の作品群が傑出した輝きをまったく失っていないことを改めて感じる。当時の時代風景、肌触り、匂いがよみがえる。それに、近年の曲にも新たな発見あり。

○八代亜紀『夜のアルバム』
 近所のTSUTAYAで見つけたのが、演歌界を代表する八代亜紀さんがジャズを歌ったアルバム。ジャズのスタンダードから、「ワン・レイニー・ナイト・イン・トーキョー」「私は泣いています」などの日本の歌も採りあげている。若いシンガーが挑戦するジャズではなかなかない味わえない深みが、八代さんの世界にはある。かつて松尾和子が歌った「再会」は面白いアレンジ。「枯葉」は、1959年の石原裕次郎バージョンだそう。裕次郎のオリジナルは聴いたことがないが、この八代さんの「枯葉」も捨てたものではない。あえてひとつだけいえば、バラードのなかであっても、もう少しスイング感がほしかった。やはり日本人の限界なのかな。

○グレン・グールド『バッハ・パルティータ全6曲』
Partitas  グールドのバッハのなかでも、もっとも好きなパルティータ。1960年代だろうか、レコード2枚組みのものを買った。今回のCD4枚組でずいぶん廉価になっていた。「ゴールドベルク変奏曲」や「平均律クラヴィア曲集」、「二声と三声のインベンション」ももちろんよいけれど、わたしにとっては「パルティータ」が最高峰に位置している。

 ★ ★ ★

 ほかには、若手の評論家宇野常寛・濱野智史両氏の対談『希望論』(NHKブックス)が、ソーシャルメディアやデジタルネットワークがどういう地殻変動を社会にもたらしつつあるのか、その可能性を探っていて、それを措いて社会を論じることの無効を告げている。
 想い出したが、今年は珍しく惹かれたテレビドラマがあった。春に続いた「最後から二番目の恋」(脚本=岡田惠和、演出=宮本理江子ほか)。秋にもスペシャルが放映された。通勤帰り、江ノ電極楽寺駅の改札前でいつもバッグの中をまさぐってパスモ(?)を探しつづける小泉今日子と、毎度同じことをくりかえす彼女に呆れる中井貴一のやりとり、口げんかが魅力のドラマ。古民家の温もりが感じられる、ちょっと暗めで湿り気のある空間と、鎌倉・湘南の街を舞台にした二人の掛けあいは、楽しく小気味いいものだった。ヌーヴェルヴァーグの手法を用いたり、映像も魅せてくれた。
 フィリップ・ガレルの「愛の残像」は、期待して青山の映画館に出かけたが、映像はいいものの、描かれた世界はフランスインテリ階層的なこだわりにしかみえず残念。
 桑田佳祐『I LOVE YOU』では、中原中也、太宰治、与謝野晶子、高村光太郎、芥川龍之介、小林多喜二、石川啄木、宮沢賢治、夏目漱石ら、近代文学者の名作のフレーズも歌にしてしまっている。ロック調にしても、この人の力は衰えをみせない。

【番外】
○加藤智大『解』
Kai  加藤智大という名はもう忘れられつつあ るのかもしれない。7名の生命を一瞬にして奪い、10名を傷つけた秋葉原連続殺人事件の被告。死刑判決控訴中の彼の手記『解』(批評社刊)が今年刊行された。
 家庭で育った環境が彼の成長に深刻に影響を与えていることが伺える。そのひとつが、間違った相手の考えを改めさせるためには痛みを与えなければならない、ということ。かつての自らの自殺予告は、他人の「間違った考えを改めさせる」ために心理的に痛みを与えるものだったとか、「会社の間違った考え方を改めさせるために」会社のトラックを破壊して痛い目にあわせてやろうと発想している。秋葉原の事件も、そういう発想の延長でなされている。自分がこだわったネット掲示板での「成りすましら」へ心理的痛みを与えるものだった。自らそう書いている。
 その発想の根深さを示すフレーズをひとつ引用してみる。
 「私は成りすましらとのトラブルから秋葉原で人を殺傷したのではなく、成りすましらとのトラブルから成りすましらを心理的に攻撃したのだということをご理解いただきたいと思います」
 同じことを視点を変えて語っているだけにすぎないのだが、そこにこだわりつづける。実際の殺傷行為は意識のなかで霞み、ネット上の「成りすましら」への心理的攻撃だったと主張しつづけている。殺人が目的ではなかった、と。
 彼なりに反省の姿勢は伺える。けれど、ここに特徴的にみられるのは、ネットこそがリアルであり、非ネット(現実社会)は非リアルに転倒されていること。少なくとも、彼がかつてネット世界に生き、事件を起こしたときは、そのように彼の世界は構成されていた。
 顔を合わせたことのない人が集う掲示板(ネット世界)を生きることに収斂され、顔を合わせる非ネット社会は手段化される。ネットにおける関係が拠りどころになり、そこにすべてが絞りこまれ、ネット上での見えない他者への怒り、「心理的攻撃」が非ネット(「現実」社会)を手段化し、そこに存在する人を傷つけた。
 家庭的・社会的関係など事件の要因、背景をさまざまに挙げられるし、防止する手段(生き方のノウハウ等――彼自身もあとでそれを自覚しているようだ)も指摘できるが、なにより、ネット世界がこれまでリアルとされた現実社会(非ネット世界)を後景化させ、手段化させて初めて起こされた事件。そういう時代の本格的始まりを告げるものだ。
 ひとつだけ私見を述べれば、この事態をとらえなおそうとするとき必要なのは、ネット・非ネットを貫き基底に流れる心的価値交換のドラマであり、そういう視点から今日のソーシャルメディアを再考することだと思う。

2011年12月31日 (土)

「サルトルとボーヴォワール」

 イラン・デュラン=コーエン監督「サルトルとボーヴォワール 哲学と愛」が封切られていたことを知り、年末の渋谷に出かける。
 アルベール・カミュ、ポール・ニザンらもちらっと登場するが、タイトル通り、ジャン=ポール・サルトルとシモーヌ・ド・ボーヴォワールの出会いと「契約結婚」をテーマにした物語だ。
 二人はお互いに相手の恋愛を束縛せず、しかも自らの体験を偽りなく報告しあう自由恋愛の「契約結婚」を結ぶが、教え子や友人たちがからみ複雑な展開になり、ボーヴォワールの嫉妬、苦悩が中心に描かれる。彼女がサルトルの提案する自由恋愛に同意し追求する背景には、当時女性が置かれた位置への反発があった。
Sartre_2  詳細な表現は別にして映画は基本的には事実を描いている、と監督はいう。二人の交流の軌跡の詳細はわたしも知らないが、たしかに大枠はすべて事実に基づいているようにみえる。
 そして観終わって残されるのは、監督がどれだけ狙っていたのかわからないのだが、殺伐とした荒涼感だ。
 たしかに、最後は歳を重ねたサルトルとボーヴォワールが、同志として了解しあうようなシーンで結ばれる。実際そうであったろう。パリ高等師範学校のアグレガシオン試験を主席と二位で卒業した知的エリートらしく、二人が互いに生においても哲学において、刺激を与えあったこともわかる。
 それでも寂寥の感は免れがたい。それは恋愛、性愛が変転し広がっていくからではない。さまざまな嫉妬や葛藤の情が生まれるからでもない。「自由恋愛」という概念ゆえである。人格が自由な主体として自らを確立し、束縛にとらわれずに恋愛する、という哲学ゆえである。もちろん道徳主義への回帰をいいたいのではない。恋愛、性愛、情愛の本質と熱が、自由な主体確立という思考領域では掬いきれないところに存在するからだ。
 だから、(サルトルと比べると!)マッチョにみえるアメリカ人作家との性愛で、ボーヴォワールが「初めて女としての歓びを経験する」というのも、(実際そうだったのにせよ)、ありふれた「性の定型」に落ち着いているようで、いささか拍子抜けする。ただ、当時の女性の社会的束縛を解き放とうとした苦闘の軌跡ととらえる視点で観ることも必要なのだろう。

 ところで主著『存在と無』でサルトルは性的欲望について、「他人の自由な主観性を奪い取ろうとする私の根源的な試み」と定義し、それは結局、根源的な挫折に至る、ととらえている。エロティシズムについてそうとうに深く洞察したものの、伝統をひきずる西欧的知にとってエロティシズムが難所であることを、サルトルもまた示した。自由とは束縛されないことだ、という西欧的知がここでも幅を利かせている。そういう「自由」哲学の土壌が荒涼感をあとに残した。ジョルジュ・バタイユのように、エロティシズムとは死にまで至る生の称揚ととらえるほうが、西欧的知の限界を超える可能性を秘めているように思える。

2011年12月17日 (土)

今年の5作(2011年)

 振り返ってみると、今年2011年も、創世記、カント、ヘーゲル、マルクス(『資本論』『剰余価値学説史』等)、モーゼス・ヘス、マルセル・モース、鴨長明、道元、安藤昌益など、古典と接している時間がほとんどだった。3月11日の東日本大震災と原発事故とは、古典との対話のなかで考え続けてきた。それでも「浮き世離れ」が加速した感は否めない。5作も見当たらず、4作となってしまった。

◎中沢新一『日本の大転換』
 すでに本ブログに書いたとおり。日本文明の「根底からの転換」を迫る書。

◎鎌仲ひとみ 『ミツバチの羽音と地球の回転』
 映画自体は、昨年、つまり福島第一原発事故以前に制作されたものだが、3.11後、作品の重みをさらに増している。
Mitubati  中国電力の上関原発計画予定地の対岸に浮かぶ祝島島民の暮らしと反原発運動を描いたもの。島のおばちゃん、おばあちゃんたちの生き生きとした生活と闘争の活写は、女性監督だからできたのだろう。熊谷博子監督が制作した「三池 終わらない炭鉱(やま)の物語」(2005年)のときもそうだった。
 鎌仲監督のこの映画で、今でも鮮明に残るシーンがある。
 海辺で対峙する中国電力社員と島民のやりとり。建設強行を狙う中国電力社員の管理職とおぼしき人物が、祝島近くにやってきて船上から島民にハンドマイクで呼び掛ける。
 「このまま、本当に農業とか、第一次産業だけで、この島がよくなると、本当にお考えですか? 人口は年々、年々減っていって、お年寄りばかりの町になっていっていることは、皆さん自身が、よくおわかりではないかと思います」
 島民「どんだけ年寄りが増えようが、どんだけ厳しかろうが、祝島の人間は、自分たちの力でがんばっちょるんじゃ、お前らに、いらん世話をやかれんでも、ええ」
 中国電力社員「みなさんが心配しておられるような、海が壊れるようなことは絶対にありません。絶対と言ってよいほど壊れません」
 島民「中電が絶対と言って、絶対の試しはないじゃないか」
 ――電力会社社員のあまりのお節介・僭越発言には、さすがに客席から野次を飛ばしたくなった。

◎あがた森魚『俺の知らない内田裕也は俺の知ってる宇宙の夕焼け』
 これもブログで取りあげた。アルバム『俺の知らない内田裕也は俺の知ってる宇宙の夕焼け』の中でも、同名の曲が一番好きだが、「渓谷鉄道研究家になるんだ」や「霧のブロッケン」など佳曲が並んでいる。全12曲のほとんどが、あがた森魚の作詞・作曲。

◎宇野常寛『リトル・ピープルの時代』
Littlepeople  ビッグブラザー(大きな物語)が崩壊したあとの「リトル・ピープルの時代」として今日の社会を受けとめたうえで、わたしたちはどう構えたらよいのか――それが若い著者の課題である。村上春樹や、仮面ライダーなどのヒーロー番組の軌跡を辿りながら、道を探っている。村上春樹のとらえ方にはいくつか異を唱えたいところもあるが、基本的には著者の構え方を評価できるし、同意したい。
 貨幣と情報のネットワークの圧倒的な速度を奪い取り、「現実を書き換える/拡張するための想像力」を著者は訴える。このときデジタルテクノロジー界における変化に合わせて、「仮想現実から拡張現実へ」という流れに著者は光を見いだそうとしている。なかなかみえにくいのだが、これはわたしの労働論(スローワーク論)とも無縁ではないし、自らの課題として突きつけられているのだと思う。

2011年10月 4日 (火)

寺島実郎さんの「覚悟」

 TBSの「サンデーモーニング」で「考・震災」のシリーズが続いている。
 先月25日は、「原発は高くつく?」というテーマで、福島原発事故により発生した、放射性廃棄物の処理、そして高レベル放射性廃棄物「核のゴミ」の処理が問いかけられた。
 重い、しかし避けて通れないテーマだ。コメンテータの発言の是非は別として、こういうテーマを考えようとする番組編成は評価したい。
 居並ぶコメンテータ諸氏の発言が歯切れが悪くなるのは当然のことで、わたしも他人のことを言えない。
 最後に岸井成格さんが新聞社の人らしく、どこかの土地を国が買い取りそこに置くという覚悟が必要、と現実に進めなければいけないことを冷静に述べていた(東京都はじめ電力の恩恵を受けている都県は少しずつ受け入れ表明をしている)。

 そのなかで、やはり異様だったのは、このコーナーではじめに口火を切った寺島実郎さんだった。だいたい次のようなことを語った。
 「二つのことを言いたい。ひとつは放射性物質の危険性について、自分は以前から国際機関との連携をきっちり組むことを主張していたが、それがなされていない。
 もうひとつは、わが国には、核燃料の再処理施設を青森県六ヶ所村にもっている。これはアジアに唯一の施設だ。だからアジアとしっかり組んでいくことが大事」。

 一番目のことは、彼はたしかに以前から発言していたことだ。だが、国際機関と「きっちり」連携しても、放射性物質の危険程度について若干の差異は出てくるかも知れない、あるいは多少のオーソライズができるかもしれないが、それによって(ゴミも含めた)危険と処理を免れることはありえない。しかも、今回のテーマである汚染されたゴミをどう処理するのか、の回答とは関係がない。ゴミは、すでにそこにあるのだ。
 二番目の、六ヶ所村は使用済み核燃料の再処理施設であり、今回の汚染されたゴミの処理とは関係がない。問題のすり替えだ。また、高レベル放射性廃棄物の処理にしても、再処理施設のいや増す危険性が指摘されることはあっても、相次ぐトラブルで、完成の見通しはみえない。その六ヶ所村にすがるとき、寺島さんはいったい何をみているのだろうか。この施設の稼働強行を願っているのだろうか。

 テレビカメラに向かってコメントするときは、以前から政治(家)にたいして、なにかと「しっかりと向きあっていかなければならない」「向きあう覚悟がなければならない」という抽象語を常套句にしてきた。
 ところが、放射性物質で汚染されたゴミ、放射性廃棄物の処理をどうするかというテーマと、この人は「まったく向きあおうとしない」ばかりか、テーマ自体を意図的に避けて「覚悟を示さない」。

 わたしたちが結果として生みだしてしまった、放射性物質に汚染されたゴミ。原発への考えが異なることはここでは措いても、すでにある現実とすら「向きあわない」ばかりか話題をすり替える態度は、「きっちりと向きあっていかなければならない」ことをいつも結語としていたことと、あまりの撞着を起こしているのではないだろうか。

2010年12月23日 (木)

今年の五作

◎ジャン=リュック・ゴダール『ゴダール・ソシアリスム』(FILM SOCIALISME)
 欧州(系)文明史挽歌。
 「ミネルヴァのふくろうは、たそがれがやってくるとはじめて飛びはじめる」、そんなヘーゲルのことばが献辞としてふさわしい。
◎柄谷行人『世界史の構造』
 スローワーク論では労働が主題なのであまり触れられなかったが、互酬交換の視点から国家の両義性を改めてしっかり抉り出し、だからこそ諸国家連邦(国際連合)から「世界共和国」(カント)へ架橋しようとする注目すべき労作。協同組合的運動を評価する目もたしかだ。
◎トラン・アン・ユン『ノルウェイの森』
 原作を読んでいないと唐突な感が否めないだろうな、という流れがときどきあるが、読んでいれば、映像、言葉、音を堪能できる。
 「緑」役の水原希子ちゃんの存在が輝いている。
◎エリック・クラプトン『クラプトン』
 How Deep Is The Ocean や Autumn Leaves(枯葉)などジャズ・スタンダードになっている曲と、しっかりブルースしている曲が混じる好アルバム。How Deep Is The Ocean にはウイントン・マルサリスも参加している。

 あと一作と思い巡らしたけれど、出てこない。こちらのアンテナが昔のことばかりに向いているせいか。ということで今年は四作となりました。

2010年12月15日 (水)

映画『ノルウェイの森』の中の村上春樹?

 原作の小説『ノルウェイの森』は、村上春樹さんの作品としては、わたしのなかで珍しく評価が低かった。自分(の恋)をとりまく外部、社会への主人公「僕」(ワタナベトオル)の怒りのような感情が、当時の村上作品には珍しく強く吐露されていて、退いてしまうしかなかったからだ(それについては『村上春樹と小阪修平の1968年』でも少し触れた)。
 しかし、トラン・アン・ユン監督の『ノルウェイの森』は、そのあたりは抑えられ、ほぼ純粋に恋愛・性愛映画として作られている。
 原作が頭にあるせいか、筋を追うというよりは、その場その場のシーン、映像、会話、音を、流れるままに楽しめる。

 舞台となる1967年に始まり68年前後の時代風俗は、ヘアスタイルからファッション、大学構内の風景にいたるまで、当時を生きたものとしても大きな異和感なく観ることができる。最後のクレジットに、学生運動の監修だか指導を、当時早大反戦連合メンバーだった高橋公さん(自治労を経て現在ふるさと回帰支援センター)が担当しているのをみつけて、なるほど、と苦笑。

 速く流すべきは流し、ゆっくり追うべきは静かに追い、映像構成のリズム感は巧みだ。
 「直子」が入る京都の寮周辺の森、広大な草原の映像は、動的なズーミングも効果的で、「僕」と彼女の恋の心象を表すだけでなく、物語のダイナミックな展開を促す役割も果たしている。

 色調は明るめで鮮やかだ。日本人ではなく、ベトナム出身でパリ在住の監督ゆえだろうか。デジタルプロジェクター方式による放映も多少影響しているのかもしれない。フィルムのような深みは出しにくいのだろう。しかし、これはこれでこの時代に作られた映像として、受けとめることができる。むしろ好ましいのかもしれない。

 「僕」の松山ケンイチは、受動的な男を嫌味を感じさせることなく演じている。
 強く惹かれたのは、「緑」の水原希子。「直子」(菊地凛子)とは対照的な、動的で明るい存在をみごとに表していた。瞳と口元がつくりだす微笑みは強い輝きを放っている。彼女は本作一番の配役ではないだろうか。
 「永沢さん」(玉山鉄二)と「ハツミ」(初音映莉子)は、小説と同様の役割と味わいを十分示している。
 糸井重里、細野晴臣、高橋幸宏の各氏がちらっと出てくるのはご愛嬌。

 目が釘付けになったシーンがある。「緑」と「僕」がバーに入り、カウンターに腰掛ける。彼らは画面左側に位置している。「緑」がトムコリンズだったかを注文する。すると画面右側にちらりと見えるバーテンダーさんがカクテルを作り、差し出す。視線をぼんやりそのバーテンのほうへ流したとき、左側にいる「緑」と「僕」の会話が頭に入らなくなってしまった。バーテンダーが村上春樹さんそっくりだったのだ。ずいぶん若作りにはしているけれど、似ている。慌てて像を追ったが、はぐらかすような映像で確証はもてなかった。しかし、わざわざそっくりさんを登場させることもあるまい。公式HPのクレジットにも村上春樹出演は記載されていないが、おそらくお遊びで登場したのだろうと推測したが、どうだろうか。
 かつて遠藤周作さんが自身原作の映画『わたしが棄てた女』で、浅丘ルリ子の妊娠を診察する産婦人科医役を白衣で演じ、満面笑みを浮かべていたときよりはずっと好感がもてる(笑)、ということになるが。
 そのことは別にしても、もう一度みてもいいな、と感じさせてくれるフィルム(ではなくファイル)。

2009年10月20日 (火)

加藤和彦さんの死

 一七日朝、軽井沢のホテルで音楽家・加藤和彦さんの遺体が発見された。自殺だという。遺書も発見されている。うつだったと知人に告白していたこと、一ヵ月ほど前からその症状がひどくなっていたこと、音楽的に新しいことができないことでゆきづまりを感じていたことなども報じられている。
 うつが心の風邪と言われるのは、誰もが罹る可能性があることを表したもので、特別視されるべきではないということだろう。どんな年代でも、節目ごとに患う可能性はだれにもあるのだろう。

 同日夜、同い年のビートたけしさんはテレビ番組内で、自分たちの世代が今置かれている状況がきついことをちらっと語っていた。週間番組など定期的な仕事をもっていれば、その流れに乗って紛らわせてやっていけるが、それがないと厳しい、というように。
 サラリーマンであれば、定年で毎日通う職場を失うことと似たようなものだ。勤め人も、毎日通う場が突然なくなると、心的身体的な不安に追いこまれる。「毎日が日曜日」とはじめは喜んでも、その喜びが続くわけではないし、定年後二、三年で心身の変調を来す例は少なくない。
 加藤さんはもともとフリーのクリエイターとして活躍してきたのだから、これはあてはまらないようにも思えるのだが、ちょうど六〇前後でひとつの壁にぶちあたっていたのかもしれない。

Kouyou  加藤さんの音楽はわたしの個人的な嗜好としては違っていたから熱心に追いかけることはなかったけれど、彼が戦後ベビーブーマー、団塊世代のひとつの方向を象徴する存在であったことは間違いない。音楽、生き方、ファッションは、それ以前の世代にないある伸びやかさのようなものをもっていた。もちろんそれがメディアによって露出される範囲でしか知りえないことは承知していても、がちがちの体制に縛られない心身のゆとりのようなものが彼から滲み出ていたように感じられた。

 かつて一緒に活動をした「きたやまおさむ」さんが新聞に追悼文を寄せていた(19日朝日新聞)。それによれば、加藤さんはかつてきたやまさんにこう語ったことがある、という。

 「お前は目の前のものを適当に食べるけど、僕は世界で一番おいしいケーキがあるなら、全財産はたいてもどこへだって飛んでいく」

 おそらく加藤さんは追求すべきものがあれば、「全財産はたいてどこへだって飛んで」いったのだろう。

 それを尽くしてしまったにしても、あるいは壁にぶちあたったとしても、音楽から離れて、ワイン通だったのだからワインでもいいし、恋でもエロスでもいいし、旅でもいいし、緩やかに生きる道もあったと思うし、そういうフィールドをもつことにおいて彼ほど恵まれた人は同世代ではそういなかったと思うのだが、そういう成熟や耽溺、あるいは彼にはふさわさしくないかもしれないが沈潜する生への埋没を拒んでの、あるいは拒まれての結果だということだろう。
 音楽の道から外れることをよしとしない生真面目さが支配していたのかもしれない。

 彼が自死に追いこまれたことは、なかなか重い。社会や情況にストレートにつなげるつもりはまったくないが、生き方のスタイルとして成熟や耽溺にもっとも近いところに位置していたようにみえる存在がそれを果たせず(果たさず)に逝ったことは、「老いること」とこの時代の情況の難しさを改めて示しているのだろう。
 (写真は京都青蓮院)

2009年9月29日 (火)

アラン・ドロン 老いの魅力

 遅ればせながら、数年前にアラン・ドロン主演で制作されたテレビドラマ『アラン・ドロンの刑事フランク・リーヴァ』を観始めている。

 ドロンさんは一九三五年生まれだから、制作当時七〇歳少し前ということになる。そう思い映像を追うと、ドロンの老け方はじつにみごとだ。
 腹は少しだけ膨らみ、目の下に弛みもあるが(人のことは言えない!)、顎の線はしっかりしているし、渋い初老の刑事役をちゃんとこなしている。しゃがれ始めた声も渋さを増す。彼が若いころには、世紀の美男子ドロンにこういう老け方ができるとはとても思えなかったが、イヴ・モンタンの円味と穏やかさを湛えた老け方とは異なる、渋い老い美を醸し出している。

Delon1  一九六〇年制作のルネ・クレマン監督「太陽がいっぱい」は、実際に映画を観たのはしばらくあとのことだが、ニーノ・ロータの音楽には当時からすっかり虜になってしまった。青春時代に夏の海辺に出ると、この主題曲が頭のなかで必ず流れていたものだ。ラジオでは、和製編成と思われるフィルム・シンフォニックオーケストラの演奏が流れることが多かったが、やはりオリジナルサウンドトラックのほうが格段によかった。

Delon2  当時アラン・ドロンは美男子すぎて、あまり魅力を感じなかったけれども、七〇年代前半につくられた「高校教師」(ヴァレリオ・ズルリーニ監督)ではそれまでのイメージをがらりと変え、無精髭を生やして髪を乱した冴えない教員を演じていた。Delon3 北イタリアの海辺町の寒々しい映像に、メイナード・ファーガスンのトランペットソロが流れ、七〇年代という時代の感性を象徴しているように感じられた。

 さて、今回の『刑事フランク・リーヴァ』。物語の展開、リズム、映像、会話がなかなか洒落ている。やはりアメリカや日本のテレビドラマの刑事ものとは格段に違う。実生活でいい関係にあったミレイユ・ダルクさんが元奥さんとして登場するのはご愛嬌。彼女の顔はなんだか昔とほとんど変わっていないよう。

 黒い噂もパリからの風の便りで耳にするが、とにかく久しぶりにみるドロンさんの老けぶりと表情を、それなりの美学でまとめた刑事物語を通じて観られるのはじつにうれしいことだ。
 (写真=シングルレコードはポリドール、「高校教師」ポストカードは(c)TITANUS)

2008年6月 7日 (土)

若松孝二「実録・連合赤軍」

 「山に籠もってばかりいても何も変わらないのにねえ……」
 これから観る上映館に近づいたとき、向い側から歩いてくるオバサン二人(こちらは同世代のオジサンにすぎないが)が会話しているのが耳に入った。しばらくして、あ、「実録・連合赤軍」を観ての感想だな、と気づいた。
 二人の女性は、そういう世界やその周辺にいたようにはみえない、ごくふつうのオバサンスタイルだった。たしかに一般の人の素朴な感想だろう。まったくもって「山に籠もってばかりいても」ではある。
 でも、当事者にとっては、山籠もりは追いこまれて建設した山岳ベースでの軍事訓練の場であり、反撃に転じる拠点のはずだった。

 ★ ★ ★

 メンバーの言葉など、残された資料が忠実に再現されている(一部フィクションもあるが)。忠実に再現していることがいい映画の条件であるわけではまったくないが、少なくともこの映画では、個々のメンバーのやりとりが記録を基に忠実に再現されていることは評価できるし、映画の構成もしっかりしている。若松さんは素直にこの事件(闘い)の事実を映像として表現しておきたかったのだろう。
 連合赤軍事件の問題を、路線や方針、あるいは幹部の資質に帰して簡単に裁断する思い込みよりはずっとましなものになっている。

 ★ ★ ★

 もしこの映画に不満を求めるとしたら、追いこまれる厳しい状況下で組織維持と結束力の大きな飛躍を求められたときに、共同的観念が転倒し内側に折れ曲がり悪無限的様相を呈してしまう観念的生理の不可避性が十分に描けていないことだ。だが、それは若松さんの力量の問題ではなく、映像世界で表現するにはあまりに難しいことなのだろう。
 路線やスローガンにはただただ呆れるばかりだけれども、路線や幹部の資質と責任だけに帰して他人事にして平然としてはいられない同世代者の「こわばり」は、そこにこそあるのだと思う。
 この問題の核心に迫っている表現は、同世代者そして後世代者の著述をみてもなかなか見出しにくい。

 ★ ★ ★

 当時闘争に参加し逮捕されたりすれば、警察側が親を利用することはよくあったし、この山荘閉じ籠もりでも、坂口、坂東の二人だったかの母親がマイクから、「人質」解放と投降を呼びかけていたシーンが出てくる。
 若松さんは、ここでスピーカーから届く母親の声、そしてそれをじっと聞く坂口、坂東両兵士の沈黙と、そのあとの発砲という回答を、静かに描いている。重いシーンだ。
 不勉強なので推測にすぎないが、おそらく彼ら二人は人一倍母親思いだったのではないか。それでも母親の呼びかけにはもちろん応じない。
 回答としての銃声は、市民社会総体への呪詛のように響く。

 三波春夫さんが明るい笑顔で歌った「世界の国からこんにちは」が流れ、「アヴァンギャルト芸術」の岡本太郎さんが「太陽の塔」を建ててしまった大阪万博が開かれてから、すでに2年が経っていた。市民社会を呪いたい心情に傾斜しても、誰も市民社会の外側には出られないし、外に出て立ったつもりになったとき、観念は限りなく転倒し、惨劇を演じてしまう。

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