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2014年6月25日 (水)

川上嘉彦『原風景を歩く』

○名所旧跡とは異なる「原風景」

Genhukei 六〇歳定年より少し早めに企業を退職し、第二の人生のテーマを「原風景を探し歩く」ことに据えた著者が、十数年以上にわたって旅してきたエッセイと写真をまとめたもの。旅と出会いと原風景がテーマになっている。
 旅といっても名所旧跡を訪ねるものではない。「私の旅は名所旧跡や観光地を訪ねる旅ではなく、そこに暮らす人びとのいとなみと自然が織りなす風景を訪ねる旅」と記している。
 著者の川上さんにとって、「原風景」とは、少年時代の記憶の中にある風景であり、名所旧跡や国宝、天然記念物のような権威が指定する特別なものでもなく、「ごくありふれた風景」を指す。
 さらに「原生林や大海原のような手つかずの大自然」のことでもない、という。この姿勢にとても共感する。ジャン=ジャック・ルソーのような西欧近代人が、理想として思い描いた「あってほしい自然」、「手付かずの自然」ではない。それは近代西欧的な自然観にほかならい。著者が探し歩くのは、人間の営みと馴染む自然であり、自然の営みと馴染む人間の姿だ。
 歩くところは、山野や峠、水郷、浜辺、焼きもののまち、路地、そして名もない鎮守の杜など。

○「無価値」で「凡庸」な山こそ

 山にしても、惹かれるのはいわゆる「名山」ではない。権威が指定した名山ではなく、人びとの生活と溶けあった山だ。『日本百名山』を著した作家深田久弥が「名山」の基準として、「山の品格」や「歴史」「個性」を挙げていることに対して、そんな条件とは無縁の「無価値」で「凡庸」な山を好む、と川上さんは京都北山を例にしながら書いている。京都の大学に在籍した時代、著者が何度も歩き愛した「京都北山の価値」を次のように考えている。「山が人の心にどれだけ滲み込んでいるか、人の心が山にどれだけ滲み込んでいるか、そして山と人とがどれだけ心を通わせているか」と。ここに川上さんの自然、原風景への姿勢がはっきり示されている。僭越ながら、私の野暮な表現で換言させてもらえば、山と人との「心の価値交換」ということになる。
 そんな著者の姿勢からいろいろ教えられる。私たちにとって自然とは、そういうかたちでしか存在していないのだから。人間の前に自然の像を立て置いて、人間と自然を対置させる近代的な自然観とはまったく異なる。

○土地の人から声をかけられる存在

Kawakamisan 面白く感じられるのは、山の里や、水辺のまちや、峠などさまざまなところで歩き、休息をとっている著者に、土地の人が声をかけてくるシーンがたびたび出てくること。
 土地の人は、なぜ川上さんに話しかけてくるのだろう。旅人自体がほとんどいないところを訪ねていることもあるのだろうが、異邦からやってきた旅人でしかないのに、つい土地の人が声をかけたくなるような雰囲気を川上さんが醸し出しているからだろう。訪ねた土地の色あいに馴染むところが、彼にはあるのに違いない。装ってもできることではない。著者の「人柄」、というより「存在の風あい」といったもののせいだろう。

 著者が訪ねる「原風景」の世界は、「変化が常態」(ウォーラーステイン)である近代システムの「進化」「発展」の概念とは縁遠い。たしかにビジネスでは誰もが「変化が常態」の中を生きねばならないけれど、どんなに変化を追い求めても、私たちの生活を基礎づけているのは生活の積み重ねである。いったい私たちの生活とはなんなのだろう、と静かに問いかけてくる。変化・更新・拡大を演じる近代を極めた今、生活を織りなすとはいったいどんなことなのか……。旅のエッセイでありながら、生きることの原型について私に考えさせてくれる。
 過剰な表現を排して言葉少なに語る文体だけでなく、収められた写真にも著者のものの見方が存分に示されている。
 最後は次のように結ばれている。
 「この一文が、それぞれの人が原風景について考え、自己の旅を創るきっかけになればと考えています」

冬至舎刊 定価(1,800円+税)

(写真は、霧ヶ峰を歩く川上さん)

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