« 「生産・労働と消費の関係を見直す」を寄稿 | トップページ | 「Myaku」17号に『吉本隆明と「二つの敗戦」』書評 »

2013年6月21日 (金)

「経済成長」と次世代へのツケ

○「次の世代に受け渡すこと」

 福島第一原発事故から2年少々を経た今日、原発再稼働の声が政治「業界」の一部で強まっている。理由として「エネルギーの安定供給」、「経済成長」、「立地自治体の声」が挙げられている。「安全神話」が崩れ、なおかつ電力生産過程における廃物処理方法すらお手上げ状態がさらに露わになるなかでも、そう主張される。

 「3.11」より20年以上前、チェルノブイリ原発事故後に出版された『「いのち」とはなにか』で、生命科学者の柳澤桂子さんは次のように書いている。
「一五〇億年という宇宙の歴史を考えてみると、私たちはこの宇宙の中で瞬間を生きて消えてしまうはかない存在であることに気がつきます」。そして、問いかける。「人間とは何なのでしょうか。自己とは何なのでしょうか。宇宙の歴史、生命の歴史という観点から見ると、私たちが一生のうちに成し遂げる仕事のうちでもっとも重要なことは、遺伝物質をつぎの世代に受け渡すことです」と。
 生命科学者らしい視点と表現だが、いのちをしっかりつなげることを、「一生のうちに成し遂げる仕事のうちでもっとも重要なこと」としている。それはいいかえれば、新しいいのちの生誕と、そのいのちを育んでいくことだ。
 同書で柳澤さんはこうも書いている。「短期的にみて、放射能のいちばん恐ろしいことは細胞をがん化させることです。長期的には奇形児がたくさん生まれるでしょう。さらに汚染が進めば、地球は放射能に強い微生物だけの世界に変わるかもしれません。あるいは生物はまったく絶えてしまうのでしょうか」。ごく基本的なことが語られている。

○「次世代」を犠牲にする「今の成長」とは……

 しかし政治業の一部では、「今の経済成長」のために、福島の人びとのみならず、「次の世代」、以降の世代すべてにそのツケを押し付ける無責任を、あえて選びとろうとする政策が掲げられる。
 「成長」や「進歩」を一概に否定するつもりはない。仮に彼らのいう「経済成長」概念を否定しないにしても、それが原発再稼働なしでも可能であることは、さまざまな専門家が指摘していることだ。
 そして基本に立ち戻れば、次世代、子ども・孫、さらにその後の世代に、手に負えないものの処分・監視を押し付け、生存を脅かし、(間違いなく)犠牲を強いる政策を、私たちは「成長」「進歩」とは呼びがたいのではないか。
 もし「成長」「進歩」にこだわるのなら、その近代的な概念を組み替える作業が必要なはずだ。

130531

(福島原発原告団の5.31東電要請行動には、バスをチャーターして来られた福島の方々がたさくん参加し、切々たる訴えを行った)

« 「生産・労働と消費の関係を見直す」を寄稿 | トップページ | 「Myaku」17号に『吉本隆明と「二つの敗戦」』書評 »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/75319/52124518

この記事へのトラックバック一覧です: 「経済成長」と次世代へのツケ:

« 「生産・労働と消費の関係を見直す」を寄稿 | トップページ | 「Myaku」17号に『吉本隆明と「二つの敗戦」』書評 »

2016年12月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

最近のトラックバック

無料ブログはココログ