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2011年12月17日 (土)

今年の5作(2011年)

 振り返ってみると、今年2011年も、創世記、カント、ヘーゲル、マルクス(『資本論』『剰余価値学説史』等)、モーゼス・ヘス、マルセル・モース、鴨長明、道元、安藤昌益など、古典と接している時間がほとんどだった。3月11日の東日本大震災と原発事故とは、古典との対話のなかで考え続けてきた。それでも「浮き世離れ」が加速した感は否めない。5作も見当たらず、4作となってしまった。

◎中沢新一『日本の大転換』
 すでに本ブログに書いたとおり。日本文明の「根底からの転換」を迫る書。

◎鎌仲ひとみ 『ミツバチの羽音と地球の回転』
 映画自体は、昨年、つまり福島第一原発事故以前に制作されたものだが、3.11後、作品の重みをさらに増している。
Mitubati  中国電力の上関原発計画予定地の対岸に浮かぶ祝島島民の暮らしと反原発運動を描いたもの。島のおばちゃん、おばあちゃんたちの生き生きとした生活と闘争の活写は、女性監督だからできたのだろう。熊谷博子監督が制作した「三池 終わらない炭鉱(やま)の物語」(2005年)のときもそうだった。
 鎌仲監督のこの映画で、今でも鮮明に残るシーンがある。
 海辺で対峙する中国電力社員と島民のやりとり。建設強行を狙う中国電力社員の管理職とおぼしき人物が、祝島近くにやってきて船上から島民にハンドマイクで呼び掛ける。
 「このまま、本当に農業とか、第一次産業だけで、この島がよくなると、本当にお考えですか? 人口は年々、年々減っていって、お年寄りばかりの町になっていっていることは、皆さん自身が、よくおわかりではないかと思います」
 島民「どんだけ年寄りが増えようが、どんだけ厳しかろうが、祝島の人間は、自分たちの力でがんばっちょるんじゃ、お前らに、いらん世話をやかれんでも、ええ」
 中国電力社員「みなさんが心配しておられるような、海が壊れるようなことは絶対にありません。絶対と言ってよいほど壊れません」
 島民「中電が絶対と言って、絶対の試しはないじゃないか」
 ――電力会社社員のあまりのお節介・僭越発言には、さすがに客席から野次を飛ばしたくなった。

◎あがた森魚『俺の知らない内田裕也は俺の知ってる宇宙の夕焼け』
 これもブログで取りあげた。アルバム『俺の知らない内田裕也は俺の知ってる宇宙の夕焼け』の中でも、同名の曲が一番好きだが、「渓谷鉄道研究家になるんだ」や「霧のブロッケン」など佳曲が並んでいる。全12曲のほとんどが、あがた森魚の作詞・作曲。

◎宇野常寛『リトル・ピープルの時代』
Littlepeople  ビッグブラザー(大きな物語)が崩壊したあとの「リトル・ピープルの時代」として今日の社会を受けとめたうえで、わたしたちはどう構えたらよいのか――それが若い著者の課題である。村上春樹や、仮面ライダーなどのヒーロー番組の軌跡を辿りながら、道を探っている。村上春樹のとらえ方にはいくつか異を唱えたいところもあるが、基本的には著者の構え方を評価できるし、同意したい。
 貨幣と情報のネットワークの圧倒的な速度を奪い取り、「現実を書き換える/拡張するための想像力」を著者は訴える。このときデジタルテクノロジー界における変化に合わせて、「仮想現実から拡張現実へ」という流れに著者は光を見いだそうとしている。なかなかみえにくいのだが、これはわたしの労働論(スローワーク論)とも無縁ではないし、自らの課題として突きつけられているのだと思う。

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