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2011年8月21日 (日)

中沢新一『日本の大転換』

○生態圏の外部の無媒介な持ちこみ

 「3.11以降の我々が進むべき道とは?」と帯にコピーがある。雑誌「すばる」6月号~8月号に掲載された文に加筆して緊急出版された(集英社刊)。
 福島第一原発事故後、さまざまな分野の専門家の発言があり、教えられ、それぞれ貴重なものだった。しかし、中沢さんの『日本の大転換』は、それらさまざまな発言とは次元が異なるものだ。
Nihonnodaitenkan  大地震と津浪、そこから起きた福島第一原発事故。この二つは一般に「天災」と「人災」と分けられるが、中沢さんはまったく新しい知の形態である「エネルゴロジー」(エネルギーの存在論)の視点から、原発事故ののっぴきならない重大性を指摘する。

 わたしたち人類は地球表層部の薄い層である「生態圏」に生きている。ところが、原子炉とは、生態圏の外部で起こる髙エネルギー現象を地球上の生態圏で「媒介」なしに発生させる機構である。原子炉内で起こっている核分裂連鎖反応は、「生態圏の外部である太陽圏に属する現象」でありながら、これを生物の生きる生態圏の内部に無媒介のまま持ち込んでしまった。
 アンドレ・ヴァラニャックのエネルギー革命の歴史に沿えば、第一次革命(火の獲得と利用)から第六次革命(電気と石油)までは、人類が原子核の内部にまで踏みこんでエネルギーを取りだすことはなかった。ところが、第七次エネルギー革命では、「原子核の内部にまで踏み込んで、そこに分裂や融合を起こさせた」。それは、「生態圏には属さない『外部』を思考の『内部』に取り込んでつくられた」ものであり、中沢さんはこれを一神教的な技術だと指摘する。

○イデオロギーの問題ではない

 火の利用(第一次)から電気や石油(第六次)までのエネルギー革命とはまったく異なり、原発システムは、「媒介なし」のエネルギー装置である。そこにとてつもない恐ろしさがある。
 わたしのスローワーク論をひっぱり出させてもらえば、西欧的知とは人格、理性が身体を所有し、身体や自然を統御、制圧し、自然的規定を免れた先に「真の自由」の実現をめざすものだ。いいかえれば、人間を規定する自然という「媒介」の排除を志向する。それはあくなき「経済成長」を当為として要求する。これ自体は西欧的知の自然過程にすぎないのだが、媒介の排除(絶対性)はつねに恐ろしい結果を招いてきた。
 話を戻せば、「無媒介」で設置されてしまった原子炉の事故で、わたしたちの社会と生態圏がいま破壊されている。これはイデオロギーの問題ではない。エネルギーの存在論(エネルゴロジー)からみて、原発はわたしたちが住む生態圏にとって異物のままでありつづける。しかも、装置が生みだす「ゴミ」の適切な処理方法は見つからず、どんどん増え続けている。

○自閉するシステムからの脱出

 原子力と現代のグローバル資本主義はまるで兄弟のようだ、と中沢さんは指摘する。後者のもとで、社会から分離され自律性を獲得した「市場」は外部をもたなくなってしまう。外部をもたないシステムとなり「成長」を遂げる市場経済システムと、もともと外部にありながら生態圏にもちこまれ外部性への回路を失い自閉し拡大するシステムである前者は、同じといってもよい。

 今日ある原発の是非の論議を、「原発推進派も新エネルギー派も」嵌ってしまう「効率論の罠」に収斂させてはならない、という思いが中沢さんにはある。「経済計算やエネルギー計量論の狭い枠」のなかでとらえていることはできない。だから「今回の『日本の大転換』では文学的な物語や修辞的な認識論の回路に一切頼らず、徹底して科学的な記述スタイルをベースにした」と語っている(「PLANETS SPECIAL 2011」)。

 原子力発電からの脱却は、「たんなるエネルギー技術と産業工学の領域に限定される影響を及ぼすばかりでなく、わたしたちの実存のすべてを巻き込んだ、ラジカルな転換」をもたらすことを明らかにする。
 ここから彼は、「贈与」をキーワードにしながら、「現代の資本主義からの脱出の可能性」(人類の本性によりふさわしい形態への変容)へと思考を進める。めざされるべきは「第八次エネルギー革命」であり、それは経済に「太陽と緑」の次元を取りもどすことになる、と。

 「贈与」の問題などさらに考えるべき課題は残されているが、大きな方向性としては、わたしたちがこれから進むべき道のアウトラインをわかりやすくみごとに描いている。「日本文明が根底からの転換をとげていかなければならなくなった」との冒頭のメッセージに同意したい。

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