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2011年6月11日 (土)

原発事故 村上春樹と寺島実郎

 古館さんやコメンテーターの発言が鬱陶しく、最近は「報道ステーション」はあまり視ていないが、この夜はたまたまチャンネルを切り替えていたら、村上春樹さんの映像が現れた。6月10日夜のこと。カタルーニャ国際賞を受賞し、当地でスピーチをしていた。古館さんが言うように、映像としての村上さんの姿はとても珍しいものだ。

 「非現実的な夢想家として」というタイトルで、日本語で話していた。
 日本語なのに、手振りがぎこちなく感じられたが、内容はまっとうなものだった。講演の断片を編集したものだが、主旨としては、唯一の被爆国でありながら、今回の福島第一原発の事故で新たに放射能をまき散らしてしまった。われわれ日本人は、核にたいする「ノー」を叫び続けるべきだった。しかしいつの間にか、「効率」的ということで、原発依存に傾いてしまった。

 要旨はそんなところで、まともな発言として受けとめた。

 ところが驚いたのは、そのあとのスタジオからの発言だった。
 コメンテーターとして鎮座していた寺島実郎さんが、語り始める。
 要旨は次のようになる。

 村上さんのいうことはわかるが、自分は違う意見をもつ。
 日本にはユニークさがある。それは日本が他の核兵器保有国と違い、核兵器開発せずに、平和利用に徹してやってきて、たくさんの専門家を送りだしてきた。これから核の平和利用を目指す国が増える。日本の技術を役立てることができる。こうしたかたちで日本が世界に役立つべきだ。エネルギーで日本が貢献するべき。その専門家を育てる必要がある。村上さんのいう「効率」ではない文脈もあるのだ。

 だいたいこんなことを話していた。
 時間の制約もあるから、寺島さんもいいたいことの半分もいえなかったことだろう。だが、原子力利用に異を唱えた村上さんに反対し、日本の平和利用の技術(おおむね原子力発電のことだろう)を世界に役立てるべきだ、ということまでは、明確に発言していた。
 村上さんとは別の意見もある、くらいのコメントならわかるが、そうとうに踏み越えた、かなりこだわった発言である。
 このあと、古館氏が珍しく寺島さんの意見に異議を表明して、この件のニュースは終わった。

 ★ ★ ★

 これまで寺島さんの発言には、なるほどと耳傾けたこともあった。いちがいに全否定するつもりはまったくない。
 だが今回は、率直にいえば、ああ、物産の人で、物産の戦略の馬脚が現れたな、というのが感想だ。
 三井物産は国内の原発内に事務所をたくさんもっている。海外への原発のハードやソフト売り出しもしているのだろう。また、たくさんの関係する系列企業をもっているのだろう。
 そういう企業の戦略に基づく発言を、報道番組コメンテーターとして露骨に発信したことになる。

 寺島さんは、発電以外の医療における利用などもちらっと例に挙げていた。
 たしかに、原子力についての科学研究を抑えることはできない。それは科学がどんどん進む、たんなる自然過程にすぎない。しかし、とすれば原子力(発電)を制御し、循環させる全過程までの方法を、まず先に確立するべきではないか(それが現実に可能かどうかは別問題だが)。「ごみ」の問題の解決の道筋を、真っ先に示すべきではないか。

 今回の事故は、制御もままならず、現場労働者、周辺住民、土地、水、海洋への汚染をそうとう規模で拡大させ(さらに拡大する可能性は否定できない)ている。また再処理、廃棄の方法や見通しは立っていない。そういう原子力の「平和利用」とはいったいどんなものか。放射能物質による汚染事態は「平和」内のことなのか。

 原発利用を海外に広めることで、日本の技術を役立てることができる、という美名のもとで、アジア各地に放射能物質をばらまく結果になるのではないか。廃棄までの方法を確立しない以上、それは確実に現実になる。要するに、汚染を販売する戦略ではないのか。
 かつて「死の商人」ということばがあった、と過去形で語ることができなくなるのではないか。これでは、それをたんに「洗練」して繰り返すことになるのではないか。わたしは、昔のパターンをあてはめて、現在と将来の可能性を糾弾するスタイルは好きではないが、こうした寺島さんの発言をみていると、学んだ歴史における既視感にとらわれる。

 結局彼は、経済侵略の単なる旗振り役にすぎない、としかみえない。
 彼、そして物産とグループにとっては、すでに描いた単年度売上げ・利益、中期計画とその数字がまず優先されるべきことなのだろう。数字は実現しなければならない。それこそ企業人の「責務」だ。企業内にあれば、そう発想する。
 とすれば、原子力発言は何が何でも貫徹し、世界にさらに深く食い込まなくてはならない。企業人はそのように進んでしまう。しかし、現場の人間ならまだ可愛くもあるが、三井物産戦略研究所会長という職責にもある人のこうした発言は、許しがたい。

 商社自体は、原油や石炭権益ももっているから、株価は高騰してバランスがとれるかもしれない。そして、中長期的に「バランスのよい安定的な電源供給」(エコジャパン上での寺島氏発言)という御旗のために、原発を手放すことはできないのだろう。

 先月末に、「地下式原子力発電所政策推進議員連盟」が発足したという。顧問に民主党の鳩山由紀夫、羽田孜、自民党の森喜朗、安倍晋三、谷垣禎一、国民新党の亀井静香らが名を連ねた。政財界の阿吽の呼吸だ。

 ★ ★ ★

 拙著『村上春樹と小阪修平の1968年』で、同じ全共闘世代の寺島さんが、全共闘系学生たちを手厳しく批判していたことについて、わたしは反批判したことがある。寺島さんは、全共闘系学生たちを「社会に出てあざとく旋回した」「多くはたわいのない中年と化し、『都合のよい企業戦士』となっていった」「他人に厳しく自己に甘い『生活保守主義者』の群れと化した」と指弾した。こういう批判のし方について、反論したのだが、もはや寺島さん自身が、もっとも「あざとい」道を歩き続けているのではないだろうか。

 いや、一方的に寺島さんを糾弾するつもりはない。少なくともこれまでの原発に黙し、その電力の恩恵に浴してきた自分自身の責任も感じている。この錯綜した社会に生きている。だから静かに語りたい。

 けれども、海外での原発利用を推し進めることは、今回の大事故可能性をパックにして輸出することだ。最終処理の方法もみえない。「ごみ」は次世代以降にずっと先送りされる。そうしたなかで、これが日本の役割だ、とは言うことはできないし、行ってはならない。それでは、日本の人、アジアの人に失礼ではないか。

 これまで、日本の科学者も技術者も、「真剣に」取り組んできたはずだ。決して皮肉でいうのではない。優秀な頭脳が集まってなされたきたはずだ。そうであっても、事故が起きてしまう。そして起きてしまえば、制御しきれない。その要因はいろいろ挙げられるが、今後事態が劇的に変わることはありえない。
 「そんなことを言っていると、日本は沈没するぞ」と脅しをかけられても、それは拒否したい。身の丈にあった生活、社会を、わたしたちは黙々と築くことができるのではないだろうか。これは、少なくとも六〇年以上生きてきた歴史で、さまざまな体験をしてきたわたし(たち)が、守るべき一線だと思う。もちろん村上さんは、わたし以上にそのことを強く思っていることだろう。
 いったい寺島さんにとって人生六〇年とは何だったのか。

追記
 ちなみに彼はこんな発言もしている。「原子力分野の人材育成や技術開発・蓄積の基盤を維持していくにも、『電力の30%』はぎりぎりの線だろう」と(エコジャパン 4/9)。要するに、海外へ原発を売り込むために(!)も、国内で「電力の30%」は原発にしておかなければならない、ということになる。本末転倒というしかない。

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