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2010年10月 5日 (火)

柄谷行人『世界史の構造』

 社会が否応なく強いてくる転倒と対峙し、どう対抗しようとするのか、真摯に思考を進める営為として、『世界史の構造』(岩波書店)は近年稀な書のひとつだ。
Sekaisikouzou_2   八〇年代、九〇年代あたりの柄谷さんの発言、著作(これはあまり熱心に読んではいなかったが)に、知の党派性のようなものを感じ退いていたものだが、『世界共和国』そして今回の『世界史の構造』は、そういう異和を越えて迫る力をもっている。
 当時、彼と鞘当てしていた全共闘世代の表現者のほうが、そういう姿勢をすっかり失ってしまったのだから、時代は大きく変わったものだとの感慨も湧いてくる。

 この社会に生きていているのだから、今日のシステムのなかで、少しでも楽しく、あるいはより充実した日々をどう送るか工夫し、努力するのは、当然のことだ。だが、そういう思いや工夫を砕いてしまう構造がある。その構造がどんなものであり、どのようにかたちづくられ、それを変えるにはどうすればよいか、考えを進めることも当然ありうる。
 ところが、そうした思考や、この社会の外へと超出してしまう心情を封じて、それはルサンチマンのなせる業だからやめよ、とする説教まで飛び出してくる。しかもそれが貧困な「総括」に拠っていることが多い。
 『世界史の構造』は少なくともそういう次元を超えて、情況に迫っている。
 世界史を「交換様式」からとらえる意義、さらに「道徳性」などについて、その課題、問題点も含めて、スローワーク論で数回にわたり考えてみる。

 『世界史の構造』論についてはスローワーク論のこちらから

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