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2010年10月11日 (月)

茂田井武『トン・パリ』

Tonparis1_2   童画家・茂田井武(1908~1956年)の絵本、画集はずいぶん出ているが、『トン・パリ』(講談社刊)は異色の体裁になっている。

 日本橋の旅館の次男として生まれた茂田井武さんは、15歳のとき関東大震災に遭い生家を全焼、母も喪い、苦しい生活のなか絵の勉強を進め、22歳のとき京城、ハルピンを経てシベリア鉄道でヨーロッパへ向かう。パリに到着する直前から描かれた画帳が『トン・パリ』だ。25歳でパリを離れるまでの間に断片的に描かれた絵が収められている。

 今は製本された形態では存在しないようだが、それをかつて綴じられていた画帳の形でほぼそのまま再現している。絵に付けられたコメントも手書きのまま。表紙から見返し、中のページまで、しみや汚れ、陽焼けした紙の質感まで忠実に再現されている。当時パリの下町に生きた人々と画家の感覚が甦ってくるようだ。Tonparis2 Tonparis4
 こうした再現は全ページ4色印刷しなくてはできない。贅沢な作りだ。茂田井武ファンが今もしっかり存在し、また編集関係者も茂田井ワールドにぞっこん惚れこんでいるからこそ実現したのだろう。
 さまざまな手法を使って描かれたスケッチは、どれも味わいがある。パリに着いた当初と、17区日本人クラブあたりに住んで落ち着いてからでは、色調や画法がずいぶん変化してくる。その変遷も面白い。
Tonparis5   見開きの絵もあるが、右ページに絵、左ページ脇に手書きコメントがそのまま付されたりしている。「クリシイより ピガールをさまよふ おまはりは冷淡なり くたばりあがれ!!」などとコメントが付いているはじめのころは、彼にとって人物も街もずいぶん距離があったことが伺える。その距離が次第に近くなり、親密になり、鮮やかな色調の世界、温かな視線を注いだ人物像が増えてくる。 (C)kodansha2010

2010年10月 5日 (火)

柄谷行人『世界史の構造』

 社会が否応なく強いてくる転倒と対峙し、どう対抗しようとするのか、真摯に思考を進める営為として、『世界史の構造』(岩波書店)は近年稀な書のひとつだ。
Sekaisikouzou_2   八〇年代、九〇年代あたりの柄谷さんの発言、著作(これはあまり熱心に読んではいなかったが)に、知の党派性のようなものを感じ退いていたものだが、『世界共和国』そして今回の『世界史の構造』は、そういう異和を越えて迫る力をもっている。
 当時、彼と鞘当てしていた全共闘世代の表現者のほうが、そういう姿勢をすっかり失ってしまったのだから、時代は大きく変わったものだとの感慨も湧いてくる。

 この社会に生きていているのだから、今日のシステムのなかで、少しでも楽しく、あるいはより充実した日々をどう送るか工夫し、努力するのは、当然のことだ。だが、そういう思いや工夫を砕いてしまう構造がある。その構造がどんなものであり、どのようにかたちづくられ、それを変えるにはどうすればよいか、考えを進めることも当然ありうる。
 ところが、そうした思考や、この社会の外へと超出してしまう心情を封じて、それはルサンチマンのなせる業だからやめよ、とする説教まで飛び出してくる。しかもそれが貧困な「総括」に拠っていることが多い。
 『世界史の構造』は少なくともそういう次元を超えて、情況に迫っている。
 世界史を「交換様式」からとらえる意義、さらに「道徳性」などについて、その課題、問題点も含めて、スローワーク論で数回にわたり考えてみる。

 『世界史の構造』論についてはスローワーク論のこちらから

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