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2010年4月16日 (金)

「1968から2010へ」

「1968から2010へ」(文學界五月号)
小熊英二×高橋源一郎対談

○「八〇年代」体験

 上下合わせて二〇〇〇頁に及ぶ『1968』(二〇〇九年刊)を著した小熊英二さんと、「全共闘世代」にあたる高橋源一郎さんが「文學界」二〇一〇年五月号で対談している(「1968から2010へ」)。
Bungakukai2  『1968』をめぐっては、その時代を青春として生きた「全共闘世代」からは、どちらかといえば、「事実がちがう、見方がちがう」という批判が集中しているようだ。たしかにわたしからみても、そういえるところがあるし、異和を覚えるところはいろいろある。ただ、それをもって本書が全否定されるものでもないし、むしろ、こういう書も媒介に、さらに議論が深められればそれはそれでよいことだ。

 高橋源一郎さんは、『1968』を評価したうえで、違和感も明らかにし、さらに「ウィークポイント」も指摘している。
 これにたいし、小熊さんはあるところでは弁明し、あるところでは論の弱点を率直に認めたりしながら、本書の狙いを説明している。
 議論は進み、これからの課題を二人で探りあう。だから、これはこれで意義のある対談だ。

 で、いくつかの感想を。
 わたしが改めて気づかされるのは、「80年代」体験の相違だ。
 小熊さんの発言を少し並べてみる。

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……、やはり私は八〇年代がいちばん自分の青春だった人間なので、八〇年代ぐらいに日本のポスト・モダンと呼ばれたものや、ニュー・アカデミズムが流行ったりとか、大衆消費社会の礼賛とは言わないまでも、肯定があったことに対する違和感というのがいちばん強かったんじゃないかと思うんですね。だから自分が当事者だった八〇年代の状況に対して、今から振り返ってみて異議を申し立てるという部分が前面に出てきたという部分があるんじゃないでしょうかね。
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やっぱりそれは、あなたたちは一九六八年当時はそういうことは言ってなかったにもかかわらず、なぜ八〇年代にああいうことをしたのかということに対しての、違和感の表明というのはあると思います。
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 これを受けて高橋さんが大衆消費社会への「二段階転向」が「はたして指弾されるべき事柄なんだろうか」と正面から問うたのに対し、小熊さんはその問いを否定せず、次のように「80年代」体験の世代的な違いに触れる。

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……、おそらく、それは年代的な違いだと思うんですね。やっぱり高橋さんぐらいの世代だと、大衆消費社会に対して、自分がそれまでいなかったところに対してステージとして入っていく。それは拒否すべきではないし、拒否したら生きられないものとしてイメージされていると思うんです。私ぐらいになりますと、初めから大衆消費社会の中にいたので、今さら、べつに、それを受け入れるべきだと言われても、受け入れるべきだもヘチマもないんだよというか、そうですか、コム・デ・ギャルソン着て反核運動を批判すればいいんですか、と。それはコム・デ・ギャルソン着てる姿(吉本隆明さんのこと――引用者)そのものが滑稽にしか見えませんでしたから、それってカッコよくないんじゃんという、まずそれが最初に来ますよね。
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 内容の是非や吉本さんのことは措くが、八〇年代に青春を生きた人には、「軽薄短小」風潮を嬉々として生きた(ようにみえる)「全共闘世代」への違和はそうとうに強いのだなということは、別の人からも耳にしたこともあるし、なるほどと思える。実際には八〇年代、「全共闘世代」の少なからぬ人たちも、異和を抱えこんでいたのだが、たしかに、そのまえに六〇年後半体験を経ていたかいないかでは、大きな違いとなるのだろう。

○「ポスト・モダン」というモダン

 さて対談はここから、政治的なもの、その有効性、政治的な言語と非政治的な言語をめぐる議論を経て、「七〇年代パラダイム」の問題へ移る。
 全共闘運動が後退したあとの七〇年ごろに出てきた、「常に加害者としての日本人、少数派への抑圧者としての日本人という立場」を「七〇年パラダイム」と呼び、それが以降つづき、ゼロ年代の半ばになって通用しなくなってきたととらえている。
 このあたりになると、それは七〇年代以降の時代把握をずいぶん狭く縮め、また歪めてしまうし、たとえば笠井潔さんが強調する「六九年(秋期)の切断線」をもって明瞭にしようとしたこととはまったく逆方向を辿ってとらえているようにみえるが、ここでは細かく立ち入らない。

 思うに、八〇年代日本の「ポスト・モダン」がじつはたんなるモダンの延長にすぎなかったのではないか。
 たとえば、ニュー・アカデミズム、「ポスト・モダン」の旗手だった浅田彰さんの次のような発言(二〇〇三年)に改めて接すると、その感を強くする。

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ぼくは、村上春樹って、あの田舎くささと貧乏くささに耐えられなくて、どうしても最後まで読めないから、田中康夫流に「読まずに評する」しかないんだけど、率直にいって最低のものだと思うよ。
  (週刊ダイヤモンド「続・憂国呆談」二〇〇三年)
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 浅田さんが村上春樹を評価しないことも、読まないことも、それは彼の恣意に属することで、どうでもよい。一作家への距離のとり方や批判はいろいろな視点からさまざまにあることだろう。
 ただ、「田舎くささ」「貧乏くささ」をもって人を非難するのは、はたしてどんなものだろうか。反対に「都会(くささ)」「金持ち(くささ)」をもっていると、人や文学は評価されるのだろうか。
 浅田さんの頭は、「都会くささ」「金持ちくささ」万歳のかつてのぎんぎんモダン以外のなにものでもない。
 それらに価値を置く浅田さんがカッコイイとはなかなか思えないけれど、発言当時は大学准教授、今は大学院長という権威と権力を有している人のご発言だから、無視しがたい。学内でも「貧乏」「田舎」蔑視モダンを、若者たちに説教しているのだろうか。高橋さんが指摘する、今日広がる「あからさまな差別発言」の風潮を促しているのは、むしろこうした「八〇年代ポスト・モダン」ブームを担った人たち(の一部)ではあるまいか。
 とらえなおすべきは、もちろん「世代」ではなく、世代枠を超えてこのような事態ではないだろうか。

○量は「ヒストリー」を保証してくれはしない

 ところで、対談にひとつだけ苦言を。
 『1968』執筆にあたって、小熊さんは当事者へのインタビューは行わず、文字資料に拠った理由を語っている。当事者に聞き始めたらたいへんなことになり、収拾がつかない等々。だから文字資料に依拠することにしたというのはわかる。ただ、人の記憶は薄れるもので、むしろ「文字資料」のほうが「ディスカバー(発見する)、蓋を剥がすことができます」として、次のように発言しているところでは、せっかくの対談の意義を後退させてしまう。

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たとえば「戦後民主主義」という言葉を批判的な意味で使いはじめたのは一体いつからかというのは、六九年一月からだということは調べればわかりますが、そんなことは当事者に質問してもたぶん絶対にわからないだろうと思います。当事者は、それはやっぱり六五年ぐらいからじゃないか、みたいなことを言うんですよね。
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 わたし自身、歳とともに記憶の薄れも自覚しているので、文字資料の方が確実というのもわかる。だが、そもそも戦後民主主義が疑われだしたのは、六〇年安保闘争の総括をめぐってからで、「戦後民主主義」が批判的に表現されているのは、たとえば吉本隆明さんの評論には六五年代前後から(もっと前からもあったかもしれない)見ることができる。
 また、全共闘運動周辺に限定しても、「六九年」ではなく「六八年」にすでに登場している。それも、けっして入手や辿ることが困難ではないリトルマガジンにはっきり記録されている。こうした分野の文献類は、わたしの手元にはほとんどないといっていいくらい少ないのだが、それでも足もとのものをちょっと調べれば挙げられる。当然、これより前にもあったと推測してもおかしくない。
 小熊さんにしても、すべての資料を入手し調べることはできないだろうから、べつに見落とし自体を責めるつもりはまったくないけれど、そうであるがゆえに、上記のような断定した言い方だけは避けるべきだろう。資料の膨大さをもとに「事実」を超越的に措定する断言は、とくに学者であるなら避けるべきだろう。

 いくら資料を膨大に収集して目を通しても、掬いきれない資料(データ)はありうる。いいかえれば、空前絶後の資料を駆使することが、必ずしも「真実」を保証してくれるわけではない。たとえば、あのころは一ヵ月の違いすらも極めて重要であったりする。じじつ、「六九年」と「六八年」では大きな違いがある。だからこそ、小熊さんは「六九年一月」だと断定したかったのかもしれないが。
 だれもが「歴史(ヒストリー)」を構築するのだが、それは、必ずしも資料の膨大性によって裏づけられ保証されるものではないこともまた押さえておく必要がある。

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