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2009年11月23日 (月)

加藤登紀子・「1968」・京品ホテル争議

 加藤登紀子さんのコンサートへ出かけた(横浜パシフィコ)。
 馴染みの曲を、ピアノ、ヴァイオリン、ベース、ドラムス、キーボードを背に歌う。音響技術がよくないのか、音がやや粗っぽく、繊細な音を掬いきれていない感があったものの、彼女の持ち歌やシャンソンをたっぷり聴かせてくれた。

Photo 「1968」という新曲も披露された。彼女と夫だった藤本敏夫さんが若い時代に渦中に身を置いていた叛乱の季節を歌ったものだ。他の曲とは異なり、当然激しい音が刻まれる。

(写真は、藤本敏夫著・加藤登紀子編『農的幸福論』家の光協会刊)
 他の場では、「今の若い人たちはもっと怒っていいよ」といった趣旨のことを口にされていたらしいが、今回のコンサートは、戦後ベビーブーマー世代やその前後が中心の聴衆ばかりだったせいか、そういう言はなかった。

 ときどき、いわゆる「全共闘世代」あたり(なかにはその世代の「学者」)から、「今の学生たちはもっと怒れ」といった言が吐かれるが、ひとはただ不可避の必然によって闘うときは闘うし、闘わないときは闘わない。それを強いればどこに行き着くのかは、あの時代が教えたことのひとつではなかっただろうか。情況の問題を抜きにして語れないし、「学生」や「若者」へのそういうメッセージは、「中年」「老年」自身にも返ってくる。
 また、かつての形態で「立ちあがる」ことだけがすべてではないはずだ。かつてのかたちだけを基準にした視線ではみえないところで、活動している「若い人」たちはたくさんいる。

Photo_2  加藤さんのコンサート前夜、京品ホテル闘争のデモがあった。労働争議のデモだから、関係する労組・争議団が主で、「市民参加」はほかにみあたらなかった。60年代の硝煙醒めやらぬ70年代労働争議の、かつて自分がかかわったような流れのデモの光景とは、かたちも参加人数もまったく異なっている。でも、むかしの形態や光景にこだわったり、比較しても仕方がない。(写真は京品ホテル争議デモの集会)

 この争議は、いまでもたくさん発生している争議の一つにすぎないが、今日の事情を象徴するものであることはたしかだ。
 放漫経営や他事業失敗(ホテル自体は営業黒字)で多額の不良債権を抱えた経営者と、そこに目をつけた債権者リーマン・ブラザーズが昨年結託して、ホテル廃業・従業員解雇、不動産売買を目論んだもので、この夏リーマンから債権を譲渡されたローンスター(ダラスを拠点にした投資ファンド)傘下企業が京品実業の破産申し立てをして自らの債権回収のみを目論んでいる。

 争いの法的関係は複雑だが、構図は明確だ。
 一方に、ただただ「投機」達成を主業務とするリーマン・ブラザース(破綻)やローンスターがある。彼らにとって、実業(生産、労働)などどうてもよく、あえていえば利益幅を大きくするための一要素でしかない。
 他方、抵抗するのは、ホテルやお店の営業維持で長年がんばってきた方々で、労働組合なんてものともそれまでまったく無縁だったはずだが、働く場と生活を破壊されたことを許せないという、じつに当然でささやかな思いから立ちあがった。
 個別の争議としては、とにかく働く人たちの思いが叶う、あるいは納得できるかたちで解決してほしい。また、今後法的規制等の「改革」もたいせつだろう。

 どうじに、これは「投機」を旨とする資本制が不可避にもたらす転倒の姿でもある。争議を外してみれば、リーマンやローンスターだけを「悪」に仕立てあげてすませることもできない。
 こうした事態は、差異が「利潤」をうみだすのであるから(額に汗して)働くことになんて意味がないという官学「経済学者」からみれば、転倒ではない、あたりまえのことと映るのだろう。黒字ホテルの「利益」も働く人の「労働」によって支え生まれたものではないという認識なのだから。

1968cover  「1968」年は、懐古の対象でもないし、特権的に語り若者の鼓舞を促すための道具でもなく、少なくともかつての当事者たちの現在をも静かに問わざるをえない。
 そういう追求作業が、あとの世代にその是非を含めて何ごとかを自ずと伝えることになるのではないか。(写真は拙著『村上春樹と小阪修平の1968年』新泉社刊)
 加藤さんの「1968」という楽曲も同じだろう。

 コンサートに話を戻せば、冒頭は「愛のくらし」だった(1971年、アルフレッド・ハウゼ作曲、加藤登紀子訳詞)。名曲だ。加藤さんの訳詞もよいし、楽曲が流れると、70年代初頭の時代の匂いが甦り、さまざまな想いを喚起してくれる。この曲を歌い始めたのは彼女自身にとっても重い時期で、翌年学生運動関連の実刑判決で下獄した藤本さんと獄中結婚している。
 コンサートのはじめだったせいか、遅れて席に就く人がいたりで会場がごたついていて堪能できなかったのが少し残念。また聴いてみたいし、お登紀さんには、ますますがんばっていただきたい。

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