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2009年10月20日 (火)

加藤和彦さんの死

 一七日朝、軽井沢のホテルで音楽家・加藤和彦さんの遺体が発見された。自殺だという。遺書も発見されている。うつだったと知人に告白していたこと、一ヵ月ほど前からその症状がひどくなっていたこと、音楽的に新しいことができないことでゆきづまりを感じていたことなども報じられている。
 うつが心の風邪と言われるのは、誰もが罹る可能性があることを表したもので、特別視されるべきではないということだろう。どんな年代でも、節目ごとに患う可能性はだれにもあるのだろう。

 同日夜、同い年のビートたけしさんはテレビ番組内で、自分たちの世代が今置かれている状況がきついことをちらっと語っていた。週間番組など定期的な仕事をもっていれば、その流れに乗って紛らわせてやっていけるが、それがないと厳しい、というように。
 サラリーマンであれば、定年で毎日通う職場を失うことと似たようなものだ。勤め人も、毎日通う場が突然なくなると、心的身体的な不安に追いこまれる。「毎日が日曜日」とはじめは喜んでも、その喜びが続くわけではないし、定年後二、三年で心身の変調を来す例は少なくない。
 加藤さんはもともとフリーのクリエイターとして活躍してきたのだから、これはあてはまらないようにも思えるのだが、ちょうど六〇前後でひとつの壁にぶちあたっていたのかもしれない。

Kouyou  加藤さんの音楽はわたしの個人的な嗜好としては違っていたから熱心に追いかけることはなかったけれど、彼が戦後ベビーブーマー、団塊世代のひとつの方向を象徴する存在であったことは間違いない。音楽、生き方、ファッションは、それ以前の世代にないある伸びやかさのようなものをもっていた。もちろんそれがメディアによって露出される範囲でしか知りえないことは承知していても、がちがちの体制に縛られない心身のゆとりのようなものが彼から滲み出ていたように感じられた。

 かつて一緒に活動をした「きたやまおさむ」さんが新聞に追悼文を寄せていた(19日朝日新聞)。それによれば、加藤さんはかつてきたやまさんにこう語ったことがある、という。

 「お前は目の前のものを適当に食べるけど、僕は世界で一番おいしいケーキがあるなら、全財産はたいてもどこへだって飛んでいく」

 おそらく加藤さんは追求すべきものがあれば、「全財産はたいてどこへだって飛んで」いったのだろう。

 それを尽くしてしまったにしても、あるいは壁にぶちあたったとしても、音楽から離れて、ワイン通だったのだからワインでもいいし、恋でもエロスでもいいし、旅でもいいし、緩やかに生きる道もあったと思うし、そういうフィールドをもつことにおいて彼ほど恵まれた人は同世代ではそういなかったと思うのだが、そういう成熟や耽溺、あるいは彼にはふさわさしくないかもしれないが沈潜する生への埋没を拒んでの、あるいは拒まれての結果だということだろう。
 音楽の道から外れることをよしとしない生真面目さが支配していたのかもしれない。

 彼が自死に追いこまれたことは、なかなか重い。社会や情況にストレートにつなげるつもりはまったくないが、生き方のスタイルとして成熟や耽溺にもっとも近いところに位置していたようにみえる存在がそれを果たせず(果たさず)に逝ったことは、「老いること」とこの時代の情況の難しさを改めて示しているのだろう。
 (写真は京都青蓮院)

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