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2009年10月10日 (土)

図書新聞に書評

 拙著『村上春樹と小阪修平の1968年』(新泉社刊)の書評が、「図書新聞」(2937号、10月10日発売)に掲載された。評者は若手気鋭の批評家、宇野常寛さん。
「小阪修平が二〇〇七年に急逝したときに、貴重な回路をひとつ喪ったように思えた」と書き始める宇野さんは、ゼロ年代の批評文脈から、拙著のキーワードを「村上春樹」と「労働」に絞りこみ論じている。
 そして最後を次のように締めくくる。
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六八年の記憶を世代的な自己憐憫に回収しないために、あるいはゼロ年代の批評をウェブの島宇宙に自閉させないために、本書の提唱する「労働」という回路の根源的(そしてSF的な)再設定は極めて有効かつ貴重な示唆になるだろう。
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 「建設的」「反論」部分も含め、「ゼロ年代の批評」との対照はおもしろく、なかなかに刺激を受ける。これからの「スローワーク論」の展開を通じて、「ゼロ年代の批評」と交差することも必ずあるだろう。

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