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2009年9月29日 (火)

アラン・ドロン 老いの魅力

 遅ればせながら、数年前にアラン・ドロン主演で制作されたテレビドラマ『アラン・ドロンの刑事フランク・リーヴァ』を観始めている。

 ドロンさんは一九三五年生まれだから、制作当時七〇歳少し前ということになる。そう思い映像を追うと、ドロンの老け方はじつにみごとだ。
 腹は少しだけ膨らみ、目の下に弛みもあるが(人のことは言えない!)、顎の線はしっかりしているし、渋い初老の刑事役をちゃんとこなしている。しゃがれ始めた声も渋さを増す。彼が若いころには、世紀の美男子ドロンにこういう老け方ができるとはとても思えなかったが、イヴ・モンタンの円味と穏やかさを湛えた老け方とは異なる、渋い老い美を醸し出している。

Delon1  一九六〇年制作のルネ・クレマン監督「太陽がいっぱい」は、実際に映画を観たのはしばらくあとのことだが、ニーノ・ロータの音楽には当時からすっかり虜になってしまった。青春時代に夏の海辺に出ると、この主題曲が頭のなかで必ず流れていたものだ。ラジオでは、和製編成と思われるフィルム・シンフォニックオーケストラの演奏が流れることが多かったが、やはりオリジナルサウンドトラックのほうが格段によかった。

Delon2  当時アラン・ドロンは美男子すぎて、あまり魅力を感じなかったけれども、七〇年代前半につくられた「高校教師」(ヴァレリオ・ズルリーニ監督)ではそれまでのイメージをがらりと変え、無精髭を生やして髪を乱した冴えない教員を演じていた。Delon3 北イタリアの海辺町の寒々しい映像に、メイナード・ファーガスンのトランペットソロが流れ、七〇年代という時代の感性を象徴しているように感じられた。

 さて、今回の『刑事フランク・リーヴァ』。物語の展開、リズム、映像、会話がなかなか洒落ている。やはりアメリカや日本のテレビドラマの刑事ものとは格段に違う。実生活でいい関係にあったミレイユ・ダルクさんが元奥さんとして登場するのはご愛嬌。彼女の顔はなんだか昔とほとんど変わっていないよう。

 黒い噂もパリからの風の便りで耳にするが、とにかく久しぶりにみるドロンさんの老けぶりと表情を、それなりの美学でまとめた刑事物語を通じて観られるのはじつにうれしいことだ。
 (写真=シングルレコードはポリドール、「高校教師」ポストカードは(c)TITANUS)

2009年9月26日 (土)

「出版ニュース」にて紹介

 地下鉄本郷三丁目駅は、産まれ育ったところに近く、また東大と東大病院へは幾度となく出かけたこともあり、かつては馴染みの駅だったが、このところずっとご無沙汰だ。
Mugi_3  先日久しぶりに降り、三丁目の交差点に抜ける細道を進む。昔よく入ったクラシック喫茶「」はあるのだろうか……。
 健在でした! ブレンドコーヒーの値段を安くしたりしながらの経営努力でがんばっているよう。インテリアもソファもむかしの佇まいのまま。スタバやドトールなど、急速に拡大してきたTenjinshitaコーヒーチェーン店とは違う客層の人たちが、すっかりくつろいでいる。
 そのあと上野に抜けたが、途中の湯島天神下の小さいエリアは今も落ちついた街並みを残している。

1968cover  旬刊「出版ニュース」9月下旬号(出版ニュース社刊)のブックガイドで、拙著『村上春樹と小阪修平の1968年』がとりあげられている。的確にポイントをまとめてくれた、 その一部を紹介させていただく。

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1968年を語る本や論調のなかで本書がユニークなのは、世界的作家である村上春樹と、在野の哲学者で全共闘運動の意味を問い続けた故・小阪修平を比較しながら論じることで、反乱の季節とその後を対象化しようとしたことだ。著者は、村上の小説や小阪の評論から、また二人の生き方から、68年とそれがもたらしたもの、とりわけ連合赤軍やその後のオウム事件をめぐって、自身の学生運動、労働運動体験を織り込みつつ、自己総括を試みる。
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2009年9月12日 (土)

「週刊読書人」で書評

 新泉社の人から教えていただいたのだが、昨日(9月11日)発売の「週刊読書人」(9月18日号)に、拙著『村上春樹と小阪修平の1968年』の書評が掲載された。評者は評論家の三上治さん。

Sengosedai  三上さんといえば、1981年に出版された『戦後世代の革命』(彩流社刊)が思いおこされる。1970年代末に書かれた全共闘運動や連合赤軍事件、森恒夫の死などをめぐる論考を収めたもので、当時わたしは傍線をたくさん引きながら、くり返し読んだ記憶がある。その行為は、自分自身がその時代に置かれていたきつい情況をどうとらえ、どう生きるのかを模索する作業とほとんど重なっていた。

 今回の拙著は、同世代の村上春樹と小阪修平の作品、表現、生き方を通して、70年代、80年代、90年代も辿りながら、全共闘体験の光と影を抉り、現在の課題を探ったものだが、三上さんは書評の最後を次のように締めくくってくださった。少し長くなるが、引用させていただく。

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本書は村上春樹と小阪修平を使っての著者の1968年についての探索ということが色濃いが、これは現在の探索と重なっている。あの時代を支配した政治的理念や言葉が死語になっていく現在だから、表出意識や感覚から時代に向かい合うことがそれだけ切実になっている結果であるといえる。あの時代を探索するとき、「1968年革命」などという政治理念からは遠ざかる方がいいのもそのためだがそれは果たされている。表出意識や感覚にこだわり、問い直す作業にはこの本は欠かせないという位置をもつものと言える。続編が期待される。
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※『村上春樹と小阪修平の1968年』目次はこちら

2009年9月 7日 (月)

茂田井武展(神奈川近代文学館)

 茂田井武展「子どもたちへの贈りもの」が、横浜の港の見える丘公園脇にある県立神奈川近代文学館で開かれているということで出かける。
 休日の午後、みなとみらい線の元町・中華街駅で初めて降りる。改札からエスカレーターを何度か登ると、出口が公園の入り口になっている。かつては、元町から細い小径を登っていったものだが。

 文学館に向かう途中、ふだんは門が閉ざされた横浜外人墓地の一部がこの日は公開されている。
Yokohama1Yokohama2Yokohama3Yokohama5     入口でカンパをして中に入ると、傾斜地に無数の墓が並んでいる。ボーイスカウト創設者や、フェリス女学院校長、英国横浜総領事、フランス菓子職人、新約聖書最初の全文和訳者等々外人さんたちの、思い思いの造型の墓を、案内図を手に回ってみる。

Yokohama4  今回の茂田井武展(神奈川近代文学館主催)は、茂田井武生誕100年の催し最後を飾るもので、ゆったりしたスペースに、これまでは展示されなかった作品やエピソードも紹介されている。
 実家の東京日本橋に三代続く旅館「越後屋」が関東大震災で焼け、不遇な青春を送るが、二十歳を過ぎてシベリア鉄道でパリへ向かう。途中車中で始めた似顔絵描きが人気で小銭をたくさん手にするが、外貨を車外に持ち出せないことがわかり、車中の食堂で散財したとか、厳しい生活を強いられていたはずなのに、小学館児童文化賞児童絵画賞受賞の賞金を全額寄付しようとして周囲から制止され、半額にしたことなど、作家の一面を知る面白いエピソードが、作品の合間のパネル展示で紹介されている。
 茂田井武の軌跡を辿り、作品と三人の子どもたちへの想いをゆっくり味わうことができる。 (同展は2009年9月27日まで)

 隣接するコーナーでは、「文学の森へ 神奈川と作家達」展。太宰治、三島由紀夫、大岡昇平、石原慎太郎から、村上龍らに至るまで、神奈川にゆかりの作家たちの品が展示されている。

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