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2009年8月 2日 (日)

『吉本隆明のDNA』

 新聞記者である著者藤生京子さんが、姜尚中、上野千鶴子、宮台真司、茂木健一郎、中沢新一、糸井重里の6名に取材し語らせた吉本隆明論。

Yoshimotonodna_2  各氏のなかに吉本さんのことばがどのように入りこみ、染みいり、またときには異和や反発を生みだしたのかがみえてくる。「吉本体験」がそれぞれの営為の核心を形成してきたことがうかがえる。なるほどと気づかされるところもしばしば。
 活躍するフィールドの異なる6名に深く影響を与えるほど、吉本さんが大きな存在であることを、改めて教えてくれる。

 それぞれが話しているときの温度の高低、間合い、口調、表情も、著者によって挟みこまれているので、ことばの周辺に漂う雰囲気も味わえる。
 かつて論を交した上野千鶴子氏には、反発だけではない、吉本さんへの屈折も垣間見え、おもしろい。両氏のやりとりと関係を改めてみると、わたしなどは吉本さんのほうに「母性」を強く感じてしまう。

 著者は、10年ほどまえ、30を過ぎてから吉本隆明の著作に接するようになったようだが、よく読みこんでいる。

 異和も含めてうなずきながら読み進めたが、ひとつだけ、どうしてもそのまま読み流しにくい箇所があった。宮台氏のところだ。
 「吉本=終わった説が世間に跋扈している」ことに触れて、宮台さんは「吉本さんに依存していた人が多いことの現れですよね」としている。
 「僕は、終わった、終わらない、という議論に関心はない。終わったと宣言するヤツは『じゃあ、お前は何を獲得したのか』が問われているわけで」。
 そのとおりだと思う。拙著『村上春樹と小阪修平の1968年』で、わたしは吉本さんの『ハイ・イメージ論』を批判したけれど、彼が「終わった」などとはまったく思っていない。

 で、立ち止まってしまうのは「吉本は終わった」ということについて、「普通の人間にはそういう資格はない」とした上での次のフレーズにある。

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 宮台は言う。全共闘運動が崩壊していくプロセスで、多くの人は、吉本に依存して党派に参加しない自分を正当化し、運動から離脱していく自分を正当化し、消費資本主義のニューファミリー的なものに埋没していく自分を正当化した。
 「吉本さんに責任があるわけではない。依存したヤツに責任があるんですよ。吉本さんを自己正当化に使った方々は、あさましい、と思いますね。だから嫌悪するんです」
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 この前半部分は70年代からときどき見聞きするフレーズだ。きっとそういう人もいたのだろう。自らが生きるときに「吉本が……」と彼を自己正当化の具として使うのは、たしかに「あさましい」。そのことに同意した上で少しだけ語っておく。
 問題は、宮台さんが「全共闘運動が崩壊していくプロセス」で、「党派に参加しない」こと、「運動から離脱していく」こと、さらに「消費資本主義のニューファミリー的なものに埋没していく」ことを批判的にとらえていることだ。いいかえれば、この文脈では「党派に参加」すること・しつづけること、「運動から離脱」しないことが是として暗黙の前提されている。あるいは「消費資本主義のニューファミリー的なものに埋没」しないことが是と前提されている。そのようなとらえ方について。

 では、「党派に参加」しつづけることの先、「運動から離脱」せずつづけることの先にいったいなにが起こったのか、その惨劇を宮台さんは見届けていないのだろうか。
 あるいは、人が生活をしていけば、「ニューファミリー的なものに埋没していく」ようにみえることをどのような視点から批判するのだろうか。

 同じような論がある。
 たとえば、全共闘運動に対立したと自ら立場を鮮明にする寺島実郎さんは、全共闘世代が「社会に出てあざとく旋回した」「他人に厳しく自己に甘い『生活保守主義者』の群れと化した」等々と手厳しく批判している。
 もうひとつ挙げれば、かつて三島由紀夫さんは「ぼくは、男が女房、子どもを弁解にしたらもうおしまひだと思ふね」と語っている(これは小阪修平さんからの孫引きになるが)。
 ここには、全共闘世代(の一部)への批判、「節操」のなさへの批判があり、「倫理」が語られているようにみえる。しかし、一見わかりやすく響くこうした批判を、わたしはすんなりと受け容れるわけにはゆかない。結局ここには、昔からの貧しい二項対立が相も変わらず横たわっているだけではないのか。

 寺島さんと三島さんの言をめぐっては『村上春樹と小阪修平の1968年』で細かく論じたが、少なくとも「党派に参加」すること・しつづけること、「運動から離脱」しないことに価値があったり、あるいは「ニューファミリー的なものに埋没していく」ことが批判されるという、単純な図式で思想や倫理を語ることは難しい。
 (もっとも、本書はインタビュアーである著者がまとめたものなので、宮台氏が実際にどう語ったか仔細にはわからないところがあることは留保しておかねばならないけれど)。

 全体としては、6人の生と思考の軌跡を辿ることを通じて、吉本思想の豊饒を改めて明らかにする好著。 (朝日新聞出版刊)

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