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2009年4月18日 (土)

笠井潔『例外社会』

 たいへん刺激的な論考である。700ページに及ぶ大著だが、一気に読むことができる。
Reigaishakai_2  古来の社会思想・哲学から最近の若い世代の論考にも目配りし、格差社会の現況、2008年の秋葉原通り魔事件、金融危機にまで触れている。
 2003年に刊行された東浩紀、笠井潔両氏の往復書簡をまとめた『動物化する世界の中で』は、二人のやりとりが噛みあうことなく閉じられていたし、探偵小説世界には疎い私は近年の氏を心配していたが、それは杞憂で、著者の現在の力をしっかりと感じさせてくれる。あとがきで、笠井さんは「本書は、わたしの側からする往復書簡への応答である」と記しているが、たしかに十分な応答になっている。

 1984年に出された『テロルの現象学』は、連合赤軍事件や左翼党派の観念力学をみごとに抉る労作だった。当時ほとんどの論者が迫りえない観念の問題に肉迫するものとして屹立していた。
 ただ、当時いまひとつ即座に首肯しえなかった「集合観念の象徴的暴力」が、今回の『例外社会』でも「千年王国主義運動」というかたちで継承されている。「神的暴力」「敵の名指し」も含め、このあたりは私にはすんなりとは入ってこない。
 とはいうものの、千年王国主義運動論を主に展開させた第3部(最終部)の「群衆論」がもっとも刺激的で、この大著も「千年王国主義運動」希求を措いては存在しえなかったのだろう。市場のとらえ方、贈与にたいする交換の対置も含め、さらにじっくり対話するだけの価値は十分もっている論考だ。

 編集者的視点からひとこと。
 700ページあるということは、ページを開いたとき書籍のノドを大きくとられる。
 だが、ノドのアキのとり方はふつうのヴォリュームの書籍同様の10ミリか10ミリ少々しかとられていない。ページを移るたびに、首を傾けたり、手で強く小口を押さえなければならない。シニアには肩が凝るし、疲れる。本の内容には疲れないが、読むときの肉体が疲れる。担当編集者の配慮が薄かったのが残念。
 (朝日新聞出版刊)

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