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2008年11月29日 (土)

ザ・ゴールデン・カップス ライヴスペシャル2008

~デイヴ平尾追悼~

Kourakuen_2  11月28日、カップスのライヴが後楽園JCBホールで。
 本来デイヴ平尾さんも当然出演する予定だったのだが、急逝し、彼を追悼するライヴに。

Cupslive Ⅰ部は、元ガジャーズ、元オックスのヴォーカルさんらも登場したが、向いている音楽の方向が全然違っているので、懐かしくはあるが、戸惑うしかなく……。
 でも、ブルーコメッツの三原綱木さんはそれなりにしっかり筋が通っている。
 (写真は開演前の会場)

 Ⅱ部。カップスの登場。
 舞台中央、デイヴ平尾さんの立つべき所は空いたまま。
 エディ藩、ルイズルイス加部、ミッキー吉野、マモル・マヌー。そして中村祐介らのサポートプレイヤー。
 デイヴなきライヴを引っ張るエディ藩さんは歌も演奏もますますのっている。ミッキー吉野さんのキーボードも変わらずさすが。発言はほとんどせず淡々とベースを弾きルイズルイス加部ちゃんも味わいがある。ドラムスの席に座りながら小さく叩くマモル・マヌー氏。声に昔の面影が。

 途中でデイヴと交遊の深かった井上堯之さんが登場し、歌とギター。

 カップスのサウンドは今日聴いても凄い。いや、今日このように演奏できることが凄い。懐メロではなく現在のサウンドとして、しっかり屹立している。そんなエディ藩、ルイズルイス加部、ミッキー吉野、マモル・マヌーらを集めたのは、なにはともあれリーダーだったデイヴ平尾さんの力だろう。
 わたしのような素人にも、カップスと他のGSグループの違い、ルーツの違いが時を経るごとに、一層鮮明にみえてくる。

 かつてのカップス時代、演奏中に殴りあいも演じたマモル・マヌーとエディ藩の両氏も互いにぼそっと声かけあうなど(今ではけっこう仲がよいらしい)、いっときの熱い時空を共有した仲間が40年のちに一堂に会するのはしみじみすることでもある。

 もうひとつ。歳を重ねることが心と身体にもたらす(蓄積する、喪わせる)力についても思いを巡らす。そこに潜む残酷も含め、拒絶しようとするのでもなく、逆にずっぽり受容しようとするのでもなく、静かに受けとめるしかない。

2008年11月20日 (木)

信州の鎌倉 ~別所温泉へ~

○林間の石造多宝塔

Pa180104 丸窓がユニークな別所線(上田電鉄)に乗る。信州上田を出た電車は信州塩田の田園の中央をゆっくり進む。こういう路線電車は大好きだ。
   ハンドボールの試合に出かける高校生たち。ケバイお化粧Pa180108 をしてケータイでがんがん喚くうるさい娘さんもいた。そして仕事に出勤する女性たち。それでも2両編成の座席には少し空きがある。

Pa180112   30分ほどで別所温泉駅。味わいのある駅舎を出る。

Pa180134  まずは常楽寺。駅から10分。のどかな住宅街を抜けた小山の麓にある。
 別所温泉を開いた平安時代の慈覚大師(円仁)の開山と伝えられる。鎌倉時代には学問を学ぶ拠点のひとつだったそうPa180128だ。本堂裏、境内の奥、鬱蒼と繁る木立に立つ小さな石造多宝塔は国の重要文化財。石造での多宝塔は珍しい。
 人はほとんど来ない。静かに多宝塔を眺める。

○治安維持法弾圧を伝える石碑

Pa180136 常楽寺を出て、別所神社の舞台から街を見下ろしたあと、安楽寺に向かう。
 細い道、安楽寺近くの丘陵に、山本宣治とタカクラテルの石碑がさりげなく建っている。

Pa180145   戦前治安維持法改悪承認議会で反対演説をすべく上京した山本は右翼に襲撃され亡くなる。農民組合の招きで同じく上田に来ていたタカクラテルが、彼の死後、自宅庭に石碑を建てたが、直後治安維持法の大弾圧で逮捕され、石碑も破壊を命じられた。しかし、家主が深夜に隠し破壊の難を免れたという。
 刻まれたラテン語は「生命は短し 科学は長し」。山宣さんの座右の銘だそう。なるほど、アルファベットを辿ると、ラテン語に疎い私にもそう読める。
 隣の安楽寺には大勢の参詣客があるが、この石碑はまったく忘れられたようで、立ち止まる人はいない。けれど、こういう事実が石碑ごと残されていることは大切なことだ。

○「建長と塩田(安楽寺)とは各々一刹」

 安楽寺は天長年間(824~834年)に開かれたと伝えられる古刹。現在は曹洞宗の禅寺。
 鎌倉の建長寺の開祖蘭渓道隆の語録一節に「建長と塩田(安楽寺)とは各々一刹により、……」とあって、鎌倉時代中期に、建長寺と並ぶほどの禅寺であったよう。これはまったく知らなかった。鎌倉北条氏の関係で信州の中心道場であったらしい。
 北条氏滅亡後は、寺勢も傾いたようだが、現在にも多くの文化財を残している。

Pa180176
 その最たるものが、国宝八角三重塔。裳階を付けているので四重にみえるが三重塔だ。八角の屋根がきれいに波打っている。鎌倉時代末の建立らしいことがほぼ判明している。

Pa180193 境内のお堂には鎌倉期の二人の高僧像があり、一人は中国僧。さらに経蔵もある。
 こうしてみると、信州の奥深い地に鎌倉にひけをとらないような文化が花開いていたことがうかがえる。
 通信・交通が驚異的に発展した現代より中世のほうが、各地で文化の勢いがあったのかもしれない。

○「慈悲の湯」が湧き出る北向観音

Pa180204  街中に入り北向観音に近くなると、雰囲気ががらりと変わPa180213 り、温泉地らしい観光地の匂いがする。小さな参道の両側には土産物店が軒を連ねている。石段を上がると、参詣客で賑わう北向観音さん。
 境内には「慈悲の湯」という温泉が湧き出ている。口に含むとゆで卵の匂いと味。湯の街らしい。

Pa180219  温泉は古代からあったようで、中世に入っては、木曾義仲、塩田北条氏、真田氏はじめ地域から愛されてきたのだという。
 街中には外湯が四つある。その一つが写真の大湯(葵の湯)。ここの湯も飲める。

 田園を走る丸窓電車、ひなびた温泉街、古刹と観音霊場、そして戦前の農民運動……。信州の鎌倉と呼ばれるのもうなづける、奥深い歴史をもつ別所温泉だ。

2008年11月16日 (日)

経済危機 耳を疑う二つの言

◎「アメリカが世界経済のリーダー」

 サブプライムローン問題に端を発した経済危機をめぐって、さまざまな発言、分析がなされていたが、二人の発言には仰天させられた。

 一人は、米国大統領ブッシュさん。
 いつかどこかで火の手が上がるとみられていたサブプライムローン問題、やはりアメリカの市場から火の手が上がった。一度否決された金融安定化法案が下院に再提案され、なんとか10月3日可決された。
 このときブッシュさんは「アメリカが金融市場を安定化でき、世界経済のリーダーであることを示した」と大真面目で述べた。
 自国、自らが問題を引き起こし、世界経済へ大きな波及をもたらしておきながら、今度はその危機への対症療法のひとつにすぎない金融安定化法案の可決をもって、「世界経済のリーダーであることを示した」と堂々とおっしゃる
 国内向けの発言だろうが、この人は世界にどのように介入しても、すべては国内向けでしかないのかもしれない。アメリカが「世界のリーダー」であること――それが彼にとって第一義的なことなのだろう。

◎「自由は手放すべきではない」

 もう一人は、東大経済学部教授の岩井克人さん。ブッシュさんは戦後ベビーブーマーだが、こちらも日本のその世代の人。
 10月17日、朝日新聞朝刊。「経済危機の行方」というコーナーに登場し、インタビューに答えている。
 まずは60年代から優位に立ち始めた新古典派経済学の実験が今回の危機で破綻したと分析する。その上で、資本主義は基本的には投機によって成立しているから、不安定なもので、それは資本主義を支える貨幣自体が純粋な投機だからだ、といつもの持論を展開する。
 ここまでは、彼の経済学論であり、ただうなづくだけだ。
 今後の経済動向については、「より良いセカンドベストを求めるプラグマティズムというか、永遠の実践主義でいかざるを得ない」と考える。これも彼の論からは導き出される方向として理解できる。

 ところが、やっぱり……。最後に出てくるのが「自由」だ。

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 アダムとイブのたとえでいうと、資本主義の中で、人々は自由という禁断の果実の甘さを知ってしまった。その甘さの中には、もちろん“原罪”的な不安定さが含まれている。でも、自由は手放すべきでないし、もう手放せないだろう。
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 こう、結んでいる。
 聞き手がまとめた記事ということを割り引くにしても、この期に及んでこれまでの著書と同じように唐突に「自由」が突然謳いあげられる。

 岩井さんが無前提に「資本主義は自由だ」と言い張るのなら、たとえば、貧しくて生活苦に喘ぐけれど他国の戦場に出かけて戦闘行為(殺害行為)をサポートすれば高額の生活費が得られるのも「自由」の謳歌だ。それは企業側からみれば、民営化された戦闘行為(殺害行為)を請け負って利潤を上げる「自由」でもある。あるいは、とても返済できそうもないのに住宅ローンを組めて(結局は自己破産し追い出されて)しまうのも「自由」だ。それは企業側からみれば、ほとんど回収不能の債権でも数多く生みだしごた混ぜにして売るだけでべらぼうな利潤が得られ、あとは野となれ山となれでかまわない「自由」でもある。
 アメリカの経済の実状に即して言えば、岩井さんが手放すべきではないと謳う「自由」とはそういうことを基本的に含んでいる。わたしはこれらの事態は「自由」ではなく、「自由」の「転倒」だと思う。本来の言い方でいえば、「自由」ではなく「恣意」にすぎない。
 それを「自由を手放すべきではない」と結語させるのはとんでもない飛躍といわなければならない。
 貨幣は人間社会に不可避的に転倒をもたらすが、今日の「経済学」はそういう事態へ問題を立てる意識を包摂して成立していない。あるいは異和の棘として内側に抱えこんでおくことすらできていない。そういう思考をすっかり排除することにおいて、現在の「経済学」が成立しているようにみえる。
 だとすれば、限定された「経済学」の枠内だけに発言を慎むべきだ。軽々しく「自由」とか「自由は手放すべきではない」などと論を飛躍させるべきではない。
 でも、お得意のカント道徳哲学が登場しないだけ、まだましだったか。

2008年11月 2日 (日)

「ゴーシュ」と茂田井武

~『茂田井武美術館 記憶ノカケラ』~

Gauch  宮沢賢治の『セロ弾きのゴーシュ』。主人公の「ゴーシュ」とは何人(なにびと)であるのか。その問いに答えようとした『≪ゴーシュ≫という名前 ~<セロ弾きのゴーシュ>論』(2005年、東京書籍刊)はなかなかの労作である。

 著者の音楽評論家梅津時比古さんは、「ゴーシュの名はドイツ語の『かっこう』から取った要素があるのではないだろうか」と問いを発し、賢治が生きた当時に遡り、文献等を基にしながらも、広い哲学的視野から答えを探っている。
 なぜ賢治がドイツ語の「かっこう」Gauchにヒントを得たか、その思想的背景にまで論を進め、Gauchとしての「かっこう」を通じて、「かっこう」が音楽的な存在であるだけではなく、愚者としての意味と性的存在としての役割をももつことを明らかにする。そこから、『セロ弾きのゴーシュ』や『銀河鉄道の夜』が「人間や地球のみを中心として物事を見ることを傲慢として反省する視点」を指摘している。
 そして「愚直に純正律の音程を求め続けるかっこうと、帰属社会からは完璧にはずれてしまっているゴーシュの姿」に、賢治の無知の知の思想をみている。

Serohiki  さて、わたしたちが親しんだ絵本は福音館書店版『セロひきのゴーシュ』だ。その絵を描いているのが茂田井武さん。

 『≪ゴーシュ≫という名前』の著者は、アンコールのときのゴーシュの演奏が「近代主義的な、自己を強く主張する自己表現からは遠い演奏であることは明らか」で、「ゴーシュは動物たちとの遣り取りを通じて、音楽において自己の無知を自覚し、また自己の音楽的探求が<推測 coniectura>に過ぎないことを確認し、何も知らないことを知ることによって、宇宙をつらぬくような深い音楽に近づいていた」と読み解いているのだが、茂田井さんの絵は、まさにその見方と響きあう表現を得ているように感じられる。

 『セロ弾きのゴーシュ』を絵本化したものは、世にたくさんあるのだろうが、やはり茂田井さんが絵を描いた福音館書店版ということになる。
 茂田井武さんがその絵を描いたのは、数年間喘息と肺結核を患い病床に伏しながら、絵筆を握っていたころ。
 編集を担当した福音館書店の松居直さんは、当時の依頼の様子を次のように書いている(月刊「日本橋」2008年9月号)。

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 依頼をしに茂田井さんのお宅へお邪魔した際、玄関先で奥様に「主人は病気なので」と断られたのです。でも茂田井さんは襖ごしに話を聞いていて――。「その仕事する。上がってもらえ」と奥から声がしました。居間に上がらせてもらうと布団に寝ていらして、やはり帰ろうとすると、「その仕事ができたら死んでもいい」とつぶやかれて承諾して下さいました。
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 そしてその絵を描きあげた年、武さんは亡くなっている。こうしてみると、賢治と茂田井さんを結びつけた編集者が果たした役割の大きさを改めて思う。

Kiokunokakera  その「早世の天才画家」茂田井武さんの画業と人間像をまとめたのが最近発売された『茂田井武美術館 記憶ノカケラ』(講談社刊)。
 今、見直され、若い世代からも評価が高まる茂田井武さん。20代前半ヨーロッパ貧乏旅行時代の習作(これも味わいがある)から絵本や絵雑誌の作品まで集められ、資料も充実している。

Tihirobijutukan  いわさきちひろ美術館では、「生誕100年 夢と記憶の画家 茂田井武展」が開催中(2008年11月30日まで)。武さんの蔵書や愛用の品々を集めたコーナーも設けられ、絵とともに楽しめる。

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