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2007年10月28日 (日)

雨ニモマケズ 風ニモマケズ

 盛岡に出る機会があった。
 モリオカというと、いつもユーミンの歌「緑の町に舞い降りて」を想い出す。MORIOKAというその響きがロシア語みたいだった、というフレーズ。79年に発売された「悲しいほどお天気」に入っている佳作だ。

Kougen1  舞い降りたわけではなく、新幹線で着いたのだが、さっそく童話集「注文の多い料理店」を発刊した、宮沢賢治ゆかりの光原社に立ち寄る。
 ショップ、カフェなど趣きある建物と中庭の空間で、しばし時間の流れに身を任す。
 中庭の片隅に石碑が建っている。

あゝ、マヂエル様、どうか憎むことのできない敵を殺さないでいゝやうに早くこの世界がなりますやうに
そのためならば、わたくしのからだなどは、何べん引き裂かれてもかまひません

Kougen2  「烏の北斗七星」にあるフレーズだ。烏を登場させた宮沢賢治の名作。
 前半は、とても美しいフレーズだ。
 「憎むことのできない敵を殺さないでいゝやうに早くこの世界がなりますやうに」と。
 そして後半は「わたしのからだなどは、何べんでも引き裂かれてもかまひません」と鮮やかな決意の表明だ。前半フレーズの想いを一層引き立たせる。
 それ自体になんの異和もないのだが、この後半の決意には、観念の危うさも潜んでいる。どんな観念も義を掲げたとき顛倒しそうになる陥穽だ。それは賢治のというより、わたしたち一人一人の足元に広がる陥穽でもあり、今も厳然と存在している。

Amenimo  帰りがけに「雨ニモマケズ 風ニモマケズ」手拭いなど買う。部屋に掲げれば元気をもらえそうだ。(ということで早速帰宅後に貼る)

 そのあと、歩いて行ける「石川啄木新婚の家」へ。
 わずか3週間ほど若き啄木が住んでいた家だ。かつては武家の家だったのだろうか、10前後部屋がある大きな家の2部屋を間借りし、父母や妹とも同居という生活だったらしい。新婚とはいえ、両親や妹の扶養も抱えていた啄木。
Takubokunoie

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