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2007年7月29日 (日)

矢沢永吉という存在

 ~年重論へ(1)

 7月4日夜、NHK総合TVで「SONGS 矢沢永吉(2)」という番組を観た。(1)は観ていない。
 番組は浅野忠信を聞き手にして矢沢が語る、というものだったが、浅野さんは残念ながら少し器不足だった。永ちゃんのファンだがライブには行ったことがないという。それはないよという感じ。そのことはおいても、ほとんどダイアローグの形をなしえなかった。
 しかし、矢沢さんの話、そして歌、布袋寅泰さんのギターとのデュオはさすがだった。

 観終わって、いい男だなあ、というのが素直な感想。顔と表情がいい。体に贅肉も付けていない。なかなかできないことだ。もちろんそれは生き様と同義だ。

 仕事がら、同世代そして60代、70代の人に話を聞くことが多い。それなりの人生を生きてきた人の話をじっくり伺っていると、その場に独特の時空が出現するものだ。同じ時空を共有していることがうれしく、楽しくもなる。
 残念だが矢沢さんに直接話を聞いたことはないが、聞けば時空を共有できる喜びは、なかでもとびきりだろう、と思う。同世代でいえば、戸井十月さんのときもそうだった。いい歳の重ね方をしているな、としみじみ思えた。

Yazawa_1   矢沢さんの熱心なファンとはいいがたい。キャロル時代はあまり知らない。まともに聴き始めたのは78年の「ゴールドラッシュ」あたりからではないだろうか(写真はゴールドラッシュ)。
 じつはこれまでに数回武道館ライブに出かけたことがある。身内にファンクラブに入る熱狂者がいて、引かれて行ったのだった。1990年代が多かったろうか。
 武道館前、そして会場内も異様ではあった。白いだぶだぶのスーツに身を固めた若者たち、首にタオルをかけたファンたちがグループごとに集まり、かけ声を挙げている。わたしの世代のいい方になおせば、シュプレヒコールだ。
 始まる前、場内にいると、それなりに威圧されるものです、これは。1960年代だと集会で、各セクトやグループがそれぞれでシュプレヒコールを挙げていたのとちょうど同じ。
 でも、彼らなりにお洒落して、その日のために頑張って高いチケットを手に入れて、矢沢さんの歌に酔いしれようとしているわけで、じつに健気だ。
 
 歳の重ね方に話をもどせば、日本のロッカーでこの歳まで現役で突っ走ってきた人はあまりいない。いたにしても、こういう歳のとり方をできている歌手はなかなか挙げられそうにない。ロックに限定しなくてもよいのだ。
 ベテランになると小手先の技術に頼って歌唱力の衰えやなさを隠そうとする、ありがちな誤魔化しがまったくない。
Yazawabunshun  春の「週刊文春」増刊号での「反セレブ宣言」で、下品な勝ち組・負け組言説をぶち破る、突き抜けた語りを披露していたが、それも楽しい。「現在」を生きている感じがする。(写真は週刊文春ビジネス07/4/4号)

 歳を重ねる……そのありようにこだわりをもつようになったのは、1970年代の後半になってからのことだ。
 1960年代末、大きな祭りがあった。祭りのあとどう生きるのか、それはそれぞれが自らに問うものだった。祭りのあと硝煙がくすぶっていた。70年代以降を「余生」ととらえるひともいたろうし、そんなことすっかり忘れて夢中で生きたものもいたろうし、祭り体験にこだわりそれをひきずって生きた人もいたろう。そもそも幻想にすぎなかったと振り返るものもいたろう。
 ただ同時代の空気を吸ってしまったと自覚している人物が、その後どのように歳を重ねてきたのか、いつも気になってきた。もちろんそれは自分にたいしてそういう問いが向けられ続けているということと同じだ。

※吉本隆明『ハイイメージ論Ⅲ』-2(「生産と消費のとらえ方が一面的」)更新
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