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2007年5月 1日 (火)

福島泰樹さんの無聊庵

○下谷・法昌寺へ

 ひと月以上前のこと。
Korenkyou  山手線鶯谷駅を降りる。十代半ばまではいつもこの駅で乗り降りしていた。跨線橋に立ち線路を眺めてから、下谷方面に下がる。左手にキャバレーだったかダンスホールだったかが、たしか大きく構えていたはずだが、見あたらない。なくなったようだ。しばらく前まではあり、よく残っているなと感慨に耽ったものだが。とうとう消えてしまった。
Ie  しかし昔の坂本二丁目あたりを歩くと、古い構えの住宅もぽつりと残っている(写真)。

 そんな街並みを眺めながら、仕事で下谷の法昌寺へ向かう。現代短歌の歌人・福島泰樹さんが住職を務めるお寺だ。
 短歌絶叫コンサートを30年以上続ける福島さんのライブには何度か出かけているので、会うのは初めてではない。
 福島さんは、早大の短歌研究会に入ってから現代短歌を始め、『バリケード一九六六』で歌人としてデビュー、以降短歌を絶叫するコンサートをずっと続けてきた。
 現在は下谷七福神のひとつ法昌寺の住職をしながら、前衛的短歌の創作を続けている。

 この人は死者を歌うことが多い。
 死者をうたうことで、志半ばで逝った人の心を継ぎ、かつ自らの表現の幅を拡げている。
 下谷の生まれで、坂本小学校を出ている。こちらも下町生まれで下谷にも近かったので、福島さんの世界には近しいものを感じていた。
 インタビューのとき、小学校について触れると、坂本小学校は閉校になったのだという。でも人々の記憶である建物だけは残してほしいと、10年前閉校のとき「さらば坂本小学校コンサート」を、同校先輩・唐十郎さんらを呼んで開いたそうだ。

○時間の止まった小さな空間

 1時間半ほど、インタビューではていねいにお話をしてくださった。
 ひととおりに取材を終えると、案内してくれるところがあると言う。
 門を出て表通りへ回ると、境内の角に接して2軒ほど、木造の小さな家屋が建っている。昔の小料理呑み屋風の家構え。
Hondana 戸を開ければ、小さなカウンターが伸び、奥は階段になっている。回りこむ階段の下は小間になっている。昔風の小さな呑み屋の作りだ。
 壁に本棚を設け、本がびっしりと並んでいる。

 2階にも案内していただく。
 小部屋が数室ある。そのうちのひと部屋を、福島さんは写真現像の暗室にしている。写真も本格的で、『中原中也 帝都慕情』でも自身の写真をカバーに使用している。

 根岸の芸者さんだった女将が亡くなり空いた空間を、福島さんは無聊庵と名づけ、隠れ家として利用し始めたのだという。
 時間が止まったような空間。

 しばし話しこんでいると 「呑もうか……。ちょっと早いか……」と、福島さん。サービス精神の人なのだ。腕時計の針は午後3時半。ありがたいお言葉で受けたいのだが、まだ早いのと、インタビュー後はすぐにその感触をまとめたいので、遠慮する。いずれ一献傾けさせていただこう。
 下谷、不忍池あたり、浅草など下町のこと、大学闘争のこと、『弔い』に登場する人物のこと、『中原中也 帝都慕情』の「戸塚源兵衛」のこと……交わしてみたい話題はたくさんある。

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