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2007年4月22日 (日)

「床」間近の鴨川で京女論

 木屋町通の「露瑚」へ。5月から始まる鴨川の「床」の準備も整い、行燈が置かれている。その床と川を眺めながら、京キース氏と一献傾ける。
Ayu_1   こちらの料理は旨い。一品、一品、楽しめ、味わえる。写真は若鮎の炭火焼き。酢味のたれに浸けて食べる。筍ご飯も椀ものもおいしい。大仰に構えずにさりげないが、みな旨い。
 根っからの京女である女将の、もの静かなもてなしも、他では味わえない。

 その席でいつもの京都談義に。
 Slownetでお願いしている作家の檜山良昭さんの日刊連載もの(「閑散余録」)に、こんなフレーズがある。学生時代、京都住いをしていた檜山さん(常陸国の出身)が、付き合っていた生粋の京女を口説いていたとき、逆に彼女から説教されたセリフだ。
 「あんたなあ、東夷(あずまえびす)に京女が玉の肌を許すなんて、昔ならありえないこっちゃで。最高の屈辱やで。わかっとるか。コレ、聞いとるか? ありがたく思わんとイカンよ」
 このあと、二人の間がどんな展開になったのか、檜山さんは詳らかにしていないけれど、こういう言葉、京女は吐きそうではある。口説かれても、ただでは許さず説教をするのだろう。
 この話を京キース氏にぶつけると、「そんなの、あたりまえやんか」と一蹴された。

 酒も進んで、たまたま鴨沂(おうき)高校の話題になった。荒神口を西に入り御所に接する府立高校だ。
 「たしか沢田研二も鴨沂高校でしたよね」と私が知っていたネタを振ると、彼の“京都事典”に入っていなかったらしく、「うーん、どうやったかな。まあ、彼、京都出身じゃないからね。鳥取の生まれだから」と苦し紛れに切り返してきた。いやはや。

Yukatekkotu  翌朝、三条大橋脇のスタバ地階へ。床の鉄骨が組まれ、こちらも川床の準備は万端のよう。

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