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2007年3月10日 (土)

青山七恵「ひとり日和」

 小説を読む時間がなかなかとれないが、芥川賞発表があると、ミーハー根性でそれだけは読もうとしている。
 今回は青山七恵さんの「ひとり日和」。1983年生まれだから、23歳くらいの女の子の作(単行本は河出書房新社)。
 上手い。それは石原慎太郎、村上龍、高樹のぶ子、河野多恵子らの選者たちが触れているとおりだ。読ませてくれる。

Hitoribiyori  母親の強い薦めを拒んで学校(大学)へ進まず、フリーター生活をする「わたし」が、遠戚関係にあたる71歳のおばあちゃん・吟子さんの家に住むようになってからの生活が描かれる。
 母親との関係、恋人との出会いと別れ、そして同居するおばあちゃん、さらにおばあちゃんの恋人との関係。
 中でも軸となるおばあちゃん・吟子さんとの関係では、細やかな心の動きが巧みに描かれている。70歳を超えた老いへの優越、枯れてきた人への哀感と共感。意地悪と思い遣りの交錯……。

 「わたし」は、学校(大学)へ進学することに意欲を持たない。といって働くことに熱を注ぐわけではない。とにかく多少の収入を得なければならないから、アルバイトはするフリーターだ。そんな女の子の戸惑いの日々。
 今日の社会が産みだしたひとつの典型かもしれない。

 恋人「藤田君」に振られたあと、「わたし」は人生を出直したいと思う。でも出直したところでまた新しい関係を切り結ばなければならない。関係をつくるのが面倒だ。でも、そういうことを繰り返しているうちに人生が終わるのだろうか……。
 「わたし」は71歳の吟子さんにふと漏らす。

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 「ワープしたい」
 「ええ?」
 「吟子さんの歳までワープしたい」
 「ワープ?」
 「何十年もすっとばして吟子さんくらいまで歳を取っちゃいたいってこと」
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 わかる台詞ではある。
 これにたいして、吟子さんは当然次のように答える。

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 「何言ってる。今、いちばんいいときじゃないの。お肌もぴちぴちしてさ」
 やっぱり肌のことは気にしていたのか。あれだけ見せつけたのだから当然かもしれない。
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 落ち込んでいても、しっかり意地の悪い心情は元気で、この作品は膨らみをもつ。

 今回の選考では、破綻よりはうまく描ける力量を評価したということになるのだろう。
 選者の中で石原慎太郎さんは、この作品の魅力をよくとらえている。そのうえで、戦争、貧困、巨きな思想などが近ごろの社会では消滅していて、「それは逆に人間を疎外し、連帯を奪い、それぞれをひ弱な存在に変えてしまう」と書いている。レイモン・アロンの言葉に共鳴しているのだろう。

 戦争、貧困、巨きな思想の消滅、それは歴史の到達点である。だから、たしかに文学が成立しにくくみえる。
 しかし文学は今、社会の到達点にもかかわらず、あるいは到達点だからこそ抱えこむ生きづらさの核心と向きあわなくてはならないところに来ている。
 生きづらさは少しも軽減されていない。ばかりか、むしろ深まっている。
 戦争、貧困、巨きな思想が消滅した到達点にあってもなお生きにくい、そういう情況はいったいなにに起因するのだろうか……。

 ここ3回の芥川賞受賞作を眺めてみると、絲山秋子さんの「沖で待つ」、伊藤たかみさんの「八月の路上に捨てる」、そして今回の受賞作「ひとり日和」、いずれも正社員、フリーターの違いはあっても、仕事の場が舞台として少なくない位置を占めている。
 3作とも、「働くこと」となんらかのかたちで向きあっている。そして仕事を通じての心の交流が巧みに書かれている。
 「ひとり日和」では、職場上司の勧めもあって、フリーターだった「わたし」は迷いながらも背中を押されて「正社員」になる。でも、もちろんその先に夢がみえるのでもない。

 文学に限定されない問題になるが、生きづらさをもたらす根を探る作業や表現がそろそろ進められてもよいときに来ているのではないだろうか。
 たとえば、日常のささいなできごとから大きな社会の枠組みまで、至る所で生起している「転倒」から目を逸らしてすますわけにはゆかなくなっている。

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