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2007年2月 3日 (土)

団塊世代像と世代責任論

○団塊世代に投影されるイメージ

 ある新書(島内晴美さん『団塊フリーター計画』)の中で、金子勝さんが団塊世代について以前毎日新聞に寄せていた文を目にした。

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 団塊の世代は学生運動世代として華々しくデビューしたものの、その後は企業戦士となって『マイホーム主義』をひた走り、やがて企業の中心になってバブル経済を担った。そしてバブル崩壊後は、政治家でも経営者でも自らの世代から真っ当なリーダーを輩出できず、社会の無責任体制を蔓延させた。
    (2005年10月8日 毎日新聞)
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 金子さんが世代を象徴したい、いくつかのキーワードが並んでいる。「学生運動世代」「企業戦士」「マイホーム主義」「バブル経済を担う」「無責任体制を蔓延」……。こういう定義で、団塊世代を括りたいのだろう。団塊世代の人生物語をイメージし、さらに世代の責任に言及している。
 金子さんならずとも、こうして世代像をつくりあげ、世代の責任に迫るのをよく見受ける。

 でも、それは間違い。
 ここで二点、異見を明らかにする。
 まず世代をひと括りにする像について。目立つ事象をつなぎ合わせて世代をひとくくりの物語に仕上げたい欲求はわかるけれど、突出して見える事象をつなぎ合わせて世代の物語を作っていても、それは世代をとらえたことにはまったくならない。
 たとえば学生運動世代というが、そもそも当時の大学進学率は、20パーセントにすら達していない。その中で、「学生運動」に関わったものは、多く見積もっても大学生の中でも10パーセント程度、つまり、同世代全体のせいぜい2パーセント程度の数にすぎない。
 たしかに東大や日大では、学生にとって大切な個別の問題点があったから、そんな比率を越えるもっと多くの学生が闘争に関わりはした。自分で稼いだり、親がなんとか捻出してくれた学費が使途不明のままどこかへ消えてしまうとか、教授会から事実無根のとんでもない処分が加えられたりするなど、じつに切実な課題があったからだ。
 けれども世代全体からみれば、学生運動に関わったのはごく少数にすぎない。井沢八郎さんが集団就職の若ものの心情を歌いあげた「ああ上野駅」もリアルだったのだ。
 団塊=学生運動世代ではない。

 つぎに「企業戦士」と言うが、それは上の世代もそうだったし、いつの時代でもいたし、いるし、これからもいるであろう。この世代が他世代と異なり、際だっているわけではない。資本制は人が「企業戦士」であることを強いているからだ。長時間労働の推移、現在のIT現場をみれば、より過酷な「企業戦士」がやむなく生みだされ、あるいはそうあるように強いられている。
 団塊世代=企業戦士ではない。

 「マイホーム主義」としてなにをイメージしたいのかみえにくいが、戦後生まれは、世代を問わずだいたいそうだろうし、「マイホーム」をだいじにすることに批判を加えられるなんて、怖いことだ。

 「バブル経済を担う」という。たしかに当時の経済状況を支える社会人の一部を団塊世代が構成しており、年齢的にも中心であり、団塊世代の一部が支える結果になっていることは間違いない。だが、そこで責任追及をしたいとなれば、それは個々の事象で語られるしかない。
 バブル崩壊後、「社会の無責任体制を蔓延させた」というが、これも個々の事象で語られるしかない。まっとうに責任をとって静かに企業から去った者もいたろうし、責任なんて関係ないとばかり企業に居続けしがみついたものもいたろうし、苦しみ右往左往しながら企業でありうる妥当な道を模索し続けた人もいたろう。バブルに手出しせずという選択を選び無傷だっ人もいただろう。
 そもそも無責任体制なんて、短く見積もっても、植木等さんが茶化したように団塊世代が子どものころからあったし、戦前戦中だって存在していた。

 だから、学生運動に関わり、その後は企業戦士になり、バブル経済を担い……と目立つ事象だけをつないで、あたかもそれを団塊世代の一直線の人生などと括ることはできない。

○「学生運動」と「企業戦士」の間

 たとえば「学生運動」と「企業戦士」のつながりを考えてみよう。
 もちろん、セクトに属して学内でノンセクトや一般学生を威して暴れ回り、卒業したら大企業にちゃっかり就職してセクトで学んだ政治力を利用してエリートコースを歩んだ、なんて輩だってそれなりにいる。
 しかし、学生運動、当時でいえば全共闘運動的なるものと向きあい、それを担ったり担おうとしたもので、社会に出てから「企業戦士」にはならなかった(なれなかった)ものは多数いた。
 抱えた裁判闘争を担った者もいた。就職の門前で追い出されたものもいた。小さな企業に入ったり、自活して細々と食いつないだものもいたし、職場で社会への異を唱え続け敗退していったものもいた。廃人になったものも、死を選んだものもいた。
 小阪修平さんはこう書いている。
 「ぼくには、同世代の一番優秀な奴は滅んだか、半ば廃人になったという印象が強い」(『思想としての全共闘世代』)

 金子さんは団塊世代が「政治家でも経営者でも自らの世代から真っ当なリーダーを輩出でき」なかったと書いている。いろいろ活躍し業績を残している金子さんの詳しい立論というものを知らないのだが、どんな政治家、経営者を「真っ当なリーダー」と考えればよいのだろう。他世代では、どんな「真っ当なリーダー」が存在するのだろうか。
 逆説めいた言い方をすれば、この社会で「真っ当なリーダー」を輩出しなかったことのなかにこそ、「全共闘運動」の投げかけた意味が潜んでいる。大企業や大学、大政治などの場からは離れた(はじきだされた)「現場」で、地道に働き活動してきた人は多数存在する。地域で生活の場をだいじにして活躍する女性たちの力など、その最たるものだろう。

○世代責任なんてない

 もう一点の異見。
 世代を語ることは当然あるし、わたしも多いに語る。けれども、世代としての「責任」を語り始めると、それは問題の所在を見失う。
 責任は「世代」になんてありはしない。個々の人、組織が負うことはあっても「世代」が負うなんてこと、ありやしない。そもそも同世代の中でも対立が存在するのだから。どんな世代だって同じことだ。
 ごく少数の「学生運動」であっても、学生運動に関わる部分と、関わらない部分との対立が圧倒的にあり、運動自体の中でも、右から左までもう数え切れないほどの対立があった。現在にしても、エリートコースを歩きつづけ、企業に残ったが故に巨額の退職金を得るものもいるし、退職金もなく明日の生活にも困るものもいる。

 ひとは誰もが自らの生に責任を負うし、社会的責任は、その社会におけるありようのなかで負うしかない。一人一人の問題であり、組織に属していれば組織構成員として責任を負う。そのように生きるしかない。
 しかし、世代として負う責任なんてないし、世代をひと括りにして“世代責任”を論じることは益のあることではない。
 もちろん客観的事実として団塊世代がいよいよ定年を迎え始める、ということがある。だから、これからどのような生きるのか、どのように活動したらよいか、ということは多様性を尊重したうえで、大いに議論されればよい。一人一人がこれまでの人生を振り返り、次世代への責務も踏まえて活動をできるとよい。自分も右往左往しながらそのように進む。

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