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2007年1月27日 (土)

『恋人たちの失われた革命』

~フランスの団塊(ベビーブーマー)世代監督が描く1968年~

○パリ5月革命

 フィリップ・ガレル監督の2005年制作作品。東京都写真美術館ホールにて。
Koibitotati  1968年パリ。二十歳の詩人フランソワを中心に当時の若者が描かれる。当然五月革命の渦中にある。
 アパルトマンの螺旋階段を上がるシーンから始まるのは、『夜風の匂い』と同じ。
 街頭の戦闘シーン。機動隊に追われ、そのあと後退を余儀なくされる。街頭からアジトのようなところに逃げ込む若者たち。パーティやドラッグ、創作活動、恋愛が描かれる。

 そして翌69年――五月革命が頓挫したあとの倦怠ともいうべき状況。
 えんえんと描かれる退潮期のわかものたちの姿。ドラックにおぼれるシーンが多すぎるのが気になる。
 フランソワと恋人リリーが中心に物語られるが、物語性をかなり削ぎ落としてぶっきらぼうに突き出されていて、長い時間のその描写は悪くない。たぶん、モノクロームの触感とカメラワークの役割が大きいのだろう。
 そして、絶えず聞こえるフランソワの少しつらそうなひそかな呼吸の音。たまに数小節ほど流れるピアノの音……それらの響きは巧みだ。

 そして、恋人リリーがついに離れていき、フランソワは自ら命を絶つ。
 ガレル監督は、『夜風の匂い』でも最後にダニエル・デュパルを自殺させていた。
 68年当時は二十歳だったガレルさん、『夜風の匂い』でも明らかだが、68年にはこだわり続けている。物語を死で区切りつけたいのは、死んだ仲間へのオマージュなのだろうか。

○ゴダールの影

 演技らしからぬやりとりがなかなかよい。フワンソワのおじいさんと食事のシーンがある。これはガレルの実の親父さんらしいので、まあ、ほんとうのじいさんと孫が映画上でも同じ関係を演じていることになる。演じているというより、実際のやりとりそのままの雰囲気だ。
 どうやらガレルさんは、ゴダールの影響を大きく受けているようだ。
 たとえばリリー(クロティルド・エスム)が二度ほどだったか、フランソワとの会話の途中でカメラのほう(つまりこちら)を見て、話し始める。ゴダールの手法を採りいれている。
 彼自身、ゴダールを師と仰いでいるので、なるほどと思うのだが、このフィルムはゴダールの『男性・女性』(1965年)と似ている。ゴダールの作品ではジャン・ピエール・レオとシャンタル・ゴヤら数人の若者たちの生と恋が描かれた。その舞台は、60年代半ばだったが、その彼らを、数年後の68年、革命の場に放りこんだのが今回の作品と言ってもよさそうだ。

○後退する情況の陰画

 冒頭の、街頭でしばらく続く戦闘シーンは、日本の場面と異なるようで、どうも警察側との対峙としてなかなか想定しにくい。軍隊が使いそうな大砲すら登場する。だが、ガレルさん自身が当時居合わせていて撮影したのだが、その映像をなくしてしまったらしく、頭に刻まれていたシーンなのだろう。

 さて、当時のことをまったく知らない世代がこの作品を観ると、どうなのだろう。68年の5月革命って、ドラッグと自由恋愛(死語かな)なの? なんで警察に火炎瓶や石を投げる必要があるの? ……という疑問を抱くことになるだろう。
 闘争や革命についてのことばはほとんど語られない。68年5月のあと、労働者が継続せずに闘いをたたんでしまったことを悔しがることばが若者の口からぽろっと出てくるくらいだ。
 立ち上がらない労働者。あるいは一度立ち上がったがすぐに矛を収めた労働者組織。徴兵召集(これは大きいが)、街頭戦で大砲を撃つ警察隊や、押し寄せる機動隊、裁判所風景……権力の強権性を示すシーンは登場はするものの、情況との対峙が作品として鋭く描かれているとは言えない。
 だから、監督が意図としたかどうかは別にして、労働者が当時引いてしまった情況の陰画の役割をも果たしている。少し甘さに流れていて、そのあたりが残念ではある。
 でも、ベルトリッチが同じ舞台を描いた『ドリーマーズ』よりはずっと時代の、ざらりとした感触をみごとに描いていることはまちがいない。
 そして1960年代後半、世界的に発生した運動とその体験にこだわり続けているものが、当然のことながらフランスで今も作品をつくり続けているということ。その世代がたとえ60代になろうが、その意味を問うことは、現在の課題とも重なる作業だと思う。

 字幕が読みにくくて、1/3くらいはセリフがわからなかったが、それは別として、ハリウッド映画のように、時間と金を返せとはまったく思わせない、フランス映画ではある。

2007年1月21日 (日)

「MAI 68 展」

 久しぶりに表参道へ出る。
 明治通りから少し入ったアトリエのようなショップ「TOKYO HIPSTERS CLUB」。
Thc  ファッション商品の並ぶ1階フロアの間を抜けて階段を上ると、お目当てのウイリアム・クラインの写真展「MAI 68 展」。
 パリ5月革命時の写真が二十点前後だろうか、展示されている。どうやらウイリアム・クラインはその現場に居合わせていたようだ。

 フロアの端で映像が流れている。「革命の夜、いつもの朝」のプロモーション映像だ。ウイリアム・クラインが68年にパリで撮った5月革命時の映像らしい。
 労働者・学生のデモ、街頭での衝突、翌日その現場で記念撮影をする観光客、討論の場、コーンバンディの姿……。プジョーだったかシトロエンだったかストライキに突入した工場の門前も。

 日本では当時は大学を拠点にした学生が主体の運動で、労働者はほんのひとにぎりにすぎなったけれど、パリでは労働者組織がストライキや工場占拠を展開しているところに、大きな違いがある。
 これは買うしかないな、ということで店に予約する。4月に発売となるそうだ。

2007年1月11日 (木)

スローワークということ

○ひと括りにできない団塊世代

 村上龍さんが主宰するJMM [Japan Mail Media] では、新年早々のJMM(メルマガ)で、2007年の「団塊世代の大量のリタイアは、どういった問題を生むのでしょうか」という村上さんの質問に、金融・経済系の常連メンバーが意見を述べていた。
 2007年の問題点として危惧される点としては、技術継承が絶たれてしまう、労働力の供給が不足する、年金・介護保険制度が破綻に瀕する、多額の退職金支払いで自治体の財政が破綻に瀕する、等が挙げられる。再雇用や定年延長で若年層の雇用を圧迫すると危惧する向きもある。
 他方、プラス面としては、退場によって労働市場へ若者が参入しやすくなる、退職金支給によって消費市場が活性化する等々が語られていた。
 戦後の経済成長の恩恵に浴した逃げ切り世代として団塊を叩く意見もあれば、シニア内の格差拡大を心配する向きもある。

 概ね、各論者の各論はこれまで俎上に挙げられていたポイントを衝いている。まったく対照的な見方も並んでいるが、要するに両論ともに成立するくらい、団塊世代の今後のありようは、ひと括りにしがたいということだ。もちろん他の世代も同じだが。
 ひと括りではとても語れない、多様な経済状態、生き方が出現するのだろう。おめでたくハッピーリタイアメント生活を迎える人もいるだろうし、そんな余裕がとてもない人もいる。
 だから、今となっては団塊世代ということばを使うことが妥当かどうか、疑問を投げる論者(北野一さん)もいる。もっともではある。

 静かに余生を送ってくれたほうがいいという論者もいれば、団塊世代がこれから新しい高齢社会のあり方を示してくれればとエールを送る論者もいる。たしかにこの世代の一部が、これまで新しいムーブメントを生みだしてきたこともたしかなのだから。

○既存の働き方を組み替えていく

 8日の夜、NHK総合でNHKスペシャル「日本の縮図 1000人にきく団塊の素顔」という番組があった。
 スタジオと全国1000人の居間を結ぶ新システムということで、ネットでつながった各地の団塊世代にアンケートをとりながらの番組。
 スタジオには、司会の桂文珍さんのほか、橋爪大三郎、里中満智子、崔洋一らの団塊世代、少し若いラサール石井、団塊ジュニアに近い倉田真由美の各氏らが並んでトーク。
 何歳まで働きたいかとの問いに、ネットでの回答は65歳がもっとも多く、それに70歳までが続き、平均すると、66.3歳という集計になっていた。
 体力も気力もまだ衰えが少ないのだから、当然の数字でもある。

 むしろ課題にしたいのは、たんにこれまでの延長上で働くことをイメージするのではなく、働くかたちを少しずつ組み替えていくことではないだろうか。

 こうした中で求められるのがスローワーク。社会が強いる利益追求を唯一至上の秤としない活動。といってボランティアでもない、それなりの責任ある活動。結果だけをファーストに求めるのではなく、プロセスを重視し、そこでのさまざまな力の育成をも大切にしていく。生産者と消費者のつながりをたいせつに、地域コミュニティの視点をももつ活動。
 それは、一部論者が言うような、高齢者が若年層と労働市場を争うようなものではない。労働のあり方そのものを問い直し、働くことに引き気味の若者にも多少は光を投げかけ、さらに社会のしくみの組み替えさえ質として内包するような労働のあり方だ。

2007年1月 4日 (木)

クリームとカップス

~60年代ロック野郎の60代~

 正月三が日。
 銘酒新政を傾けながら、2005年にロンドンで行われたクリーム(CREAM)再結成ライブや、2004年前後に再結成されたザ・ゴールデン・カップスの映像「ワンモアタイム」を流す。

 1960年代後半、実際に活動していた時期のクリームを私はほとんど知らない。あとになってレコードで聴くようになったくらい。けれども、2005年のライブを観てびっくり。
 エリック・クラプトンのギター/ヴォーカル、ジャック・ブルースのベース/ヴォーカル、ジンジャー・ベイカーのドラムス。3人が生みだす音はものすごい。
 サウンドに圧倒されるのはもちろんだが、彼らの立ち姿が見事でもある。弛みがみられないのだ。いい歳の重ね方をしてきたのだろう。もう10年近く前に日本でのコンサートで見たクラプトンの立ち姿もじつに天晴れだった。
 今はすでに皆、60代半ば。音楽だけではなく、その姿にも脱帽せざるをえない。そういえば、ローリング・ストーンズにしても、体を絞っていた。

Cups  カップスの「ワンモアタイム」(アルタミラピクチャーズ、発売元:ポニー・キャニオン)は以前すでに観ていたが、再び。収められた音楽と彼らの映像は十分に楽しませてくれる。
 エディ藩のギター、ミッキー吉野のキーボード、ルイズルイス加部のベース、マモル・マヌーのヴォーカルなど、やはり若き日の実力を彷彿とさせてくれる。
 あえてグループサウンズという括りに入れてみれば、日本のなかで彼らカップスの存在が突出していたことが改めてわかる。
 ただ、クリームの3人の姿と比べると、現在の彼らに弛みは隠せない(若いころから愛らしかったミッキー吉野さんと、細いままの加部さんは別ということになるが)。顔つきも体の絞り方も違う。彼らはクリームメンバーより少し若い60歳前後だ。まあ音楽活動をメインにしてずっとやってきたわけではないメンバーがいることもあるし、単純な比較はしたくないが。
 イギリスと日本の60年代ロックのトップメンバーたちの違い。すでにシニア世代なのだが、この相違はいったいどこからやって来るのだろう。
 歴史、文化、風土の違いもあるのだろうが、あえて問いを自らに射返すなら、生き様と向きあう緊張感とでもいうことになるのだろうか。

2007年1月 2日 (火)

2007年 団塊世代が定年を迎え始める年

○5紙を比較

 高年齢者雇用安定法などにより、定年延長や再雇用等で一斉退職という急激な事態は避けられそうだ。とはいうものの、団塊世代の定年が今年から始まる。
 そこで、2007年を迎えた元旦、新聞各紙が「2007年問題」あるいは「団塊世代」をどのように扱っているのかを眺めてみた(いずれも東京売)。

朝日新聞
 別刷り12ページの「個性輝く団塊」という特集を組んでいる。
 定年後に進む個々の事例がなかなか豊富だ。地域デビューして活躍、海外移住、就農、経営指導、シニア留学、旅行添乗員、マラソン、ウォーキング……。役立ちデータも添えられているので、充実している。
 団塊世代へのアンケートデータもある。

日経新聞
 「『2007年問題』はどこへ」といった7段ほどの記事。60歳になってもうひと花咲かせようという人が増えているとする。その背景として、法改正で企業が定年延長、再雇用制度を採り入れたり、人手不足を団塊世代に頼ったりする動きがあることを伝えている。特集というわけではなく短い記事ながら、これから働くということについて、コンパクトにまとめてある。

毎日新聞
 「生きる」という別刷りで「団塊世代」を8面で特集している。
 木暮徹・こぐれひでこさん夫婦、テリー伊藤・高橋靖子さん夫婦が、それぞれこれからの人生への思いを語る。夫婦で語らせているところがみそ。
2007newspaper_1  ほかには、ユニバーサルデザインのこと、海外移住、語学挑戦や旅行術などが事例紹介されている。
 また東京エリア版で、団塊世代と団塊ジュニアを、立松和平さんと娘の山中桃子さんを取り上げて追っている。

読売新聞
 テレビ番組を中心にしたエンタテイメント紹介の別刷りの中で、「フォーク30選」という特集を2ページに渡り組んでいるくらい。それも音楽CD会社との広告企画色が強い。

東京新聞
 地域の「東京版」、「アンチと」いうコーナーで5段で「団塊が源流」という記事がある程度。
 中味は団塊世代というより全共闘的な、あるいはヒッピー文化的な視点でとらえられている。そうしたムーブメントがたんに挫折したのではなく、撒かれた種が芽吹いてもいる、という視点が他紙と比べると新しい。

 というわけで、朝日新聞と毎日新聞の別刷りが質量では充実していた。

 改めて思うが、「団塊世代」をひと括りにすることはなかなか難しい。確かに世代として、歴史的な規定は受けている。戦争と戦後の荒廃の匂いを知り、復興の時代をともにしてきた。アメリカ文化の影響も多大に受けてきた。経済成長、オイルショックを経てバブル、そして50代でバブルの崩壊に直面する……生きた時代の共通項はたくさんある。
 でもそれは共通項にすぎない。向いている方向や趣味、こだわりはまちまちだ。たとえば団塊世代のシンボルとして語られやすい「全共闘運動」だって、それなりに重い意味をもったのは同世代内でせいぜい5%前後だろう。
 ばらばらなのだ。ただ昭和22年生まれから24年生まれに限定しても680万人が存在するというその大きさを無視できない。だからこそ、旅行業界、金融業界、衣料業界、住宅業界……、地方自治体等が、大市場として必死に狙うことになる。
 墓場に入るまで「市場」として狙われることになる。塊として市場の大きさは他世代を圧倒しているのだから。
 だからだろう、各紙ともに団塊世代向け広告はそれなりに揃っていた。

○スローワークを視点にして
 
 テレビでも大晦日に団塊世代の今後についての番組もあった(テレビ東京)。
 そこで、新聞、テレビも交えての感想を少々。 

 特集で出てくる事例はそれぞれヒントを与えてくれるものだ。
 ただ少し気になったのは、たとえば生活費が安いからアジアなどに移住しよう、という発想。
 たしかに決して多くはない年金でどう暮らすか、それは切実な課題だから、その方途をあれこれ考えるのは当然だ。そのひとつの選択肢として費用を圧縮できる海外(アジア)などに移住するという論はわかる。受け容れる当地の行政も歓迎しているという。
 しかし、移住して何をするのか、あるいはその地域でどのような関係を形作るのか、ということは問われる。
 生きるということは死ぬまで社会(他者)と関係をつくることだ。夫婦で出かけても夫婦だけで社会は円環しない。あるいはいずれどちらかが先に亡くなる。
 海外移住であれどんな場所にあっても、社会とどう向きあうかは問われつづけるのであって、その問いに明確に応えられる回答を持っておくことは必要だ。

 40年間前後、ばりばりで働き続けてきたのだから、定年後は好きなことに打ち込む、というとき、それはそれで個人の選択であり、他者がどうこう言う筋合いではない。
 「時は金なり」と現役時代徹底して働いてきたんだから、定年後(余生)は退職金や貯えたお金、年金で好きなことで趣味三昧……。現役時代は「働くこと」100パーセント、定年後は「働くこと」0パーセント(「働かないこと」100パーセント)と考えても不思議ではない。
 現役時代は“会社人間”(生産者側)になってしゃにむに頑張ってきたんだから、定年後はお金を使うだけの消費者に徹すればよい、ということにもなる。

 ただ、それは生き方として違うのではないか、と少なくとも自らにはそんな問いを投げかけている。
 働き方をめぐる、従来のそういう構図を組み替えていくことがこれからの社会に求められているのではないか。そういう構図をうち破る働き方を、定年後の生き方に組みこんでみるべきではないだろうか。

 消費資本制の今日の社会における生きづらさは増している。働くことがもたらす心身への疲弊度は増している。非正規雇用者の増大、ニートの存在、30代からのうつの人の増大……。
 これまでの働き方「時は金なり」のスタイル、効率最優先主義のありようによって社会の歪みは肥大している。それらを少しでも変えていく。あるいは変える主体になれないまでも、地域などで問題点のほころびを縫う手伝いくらいはする……そんな力が、団塊世代に限らず、これからの60代以上の人には求められるのではないだろうか。
 むしろ、つながりと関係性、質を重視して働く。そんな活動が社会、地域で求められているのではないか。それを私はスローワークを名づける。なにも現役時代のようにぎんぎらに活動する必要はないけれど、力を提供していく。もちろん、スローワークとはアクション、動作の動きの遅さを第一義とするものではない。
 働き方の見直し作業は、最前線の企業にあって子どもの教育や住宅ローンを抱えなかなか余裕をもてない30代~50代半ばの中年層にとっては、残念ながらなかなか難しい。だからこそ、60代あたりが、今日の社会の働き方に疑問を投げかけ、少しでも別のスタイルへと組み替えていく。スローワークする。
 消費者としてのみ生きるのではなく、緩やかにでも働き、社会とつながり、社会の組み替えに役立つ。
 そんなあり方、働き方、活動の仕方が求められるのではないだろうか。

2007年1月 1日 (月)

ビル・エヴァンス「ムーンビームス」(Moonbeams)

 東京で静かに迎える元旦……。何年ぶりのことだろう。
 少しずつ明るさを増す空。人もクルマも減った東京の早朝の大気は澄んでいる。

 さて、どんな音楽を流そう……。
 ビル・エヴァンスの「ムーンビームス」(1962年、リーバーサイド)をひっぱりだす。
Moonbeams  スコット・ラファロを失ったあとのエヴァンスの演奏はいまひとつだが、このアルバムの3曲目「I fall in love too easily」は、旋律が蕩々とうたいあげられ、音が自らを止揚するとでもいうべき世界が現出する。グレン・グールドがバッハやモーツァルト、ブラームスでときに切り開く世界と重なる。
 グールドがバッハの平均律クラヴィーア曲集やパルティータを録音したのも1962年ごろ。今から45年前ということになる。わたしが2人のピアニストを知るのは、それから数年後、60年代半ばなってからのことだった。

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