« 上山高史さんのライブ DUG閉店 | トップページ | 「父親たちの星条旗」とクリント・イーストウッド »

2006年12月 8日 (金)

茂田井武の世界

Chihirokan2  晩秋の午後、いわさきちひろ美術館で開催されていた「茂田井武の世界」へ。

 茂田井武――ご存知だろうか。戦後の児童絵本雑誌「キンダーブック」などで絵を描き、あるいは宮沢賢治の「セロひきのゴーシュ」(福音館書店)や「グリム童話選」(岩波書店)などで絵を担当していた画家。50代、60代の人なら幼少年時代にきっと目にしているにちがいない。
 私自身、幼年時代「キンダーブック」はよく手にしていたから、ずいぶん影響を受けているはずだ。保育園で見ていたし、親が買ってくれたのかもしれない。

Goshu  画家茂田井武さんは、日本橋の旅館の息子として生まれたが、震災で家が全焼、親が早く亡くなってしまったこともあり、独学で絵の勉強を志す。そのころ中原中也などとも交流があった。
 渡仏しパリで働きながら絵を学び、戦争末期には中国へ出兵。
 敗戦後、児童文学、児童画の世界の復興を受け、本の絵をたくさん手がけるが、持病の喘息などで、奥さんと子ども3人を残し、40代の若さで夭逝してしまった。

 今回の展覧会で絵を眺め、改めて幼少、少年時代の記憶が蘇ってくる。シャガールやエミール・ノルデの世界とも通じるように、私は勝手に感じている。
 今回は作品だけでなく、日記帳のようなものやノート類まで展示されている。長女や長男、次女を描いた絵も並んでいる。いわば人生の軌跡もしっかりと辿れる、とてもていねいな展覧会だ。

 じつは、そこで武さんによって描かれている長男の泉君とわたしは高校時代の同級生で、卒業以降ずっと交流をつづけていきた。大の親友でもある。
 17、18歳前後からの数年間、つまり1960年代後半のあの時代、二人でいろいろなところへ出向いた。
 新宿アートシアターは毎月のように出かけた。「気狂いピエロ」「軽蔑」「女と男のいる歩道」「男性・女性」「突然炎のごとく」「長距離ランナーの孤独」「幸福」「心中天網島」「絞首刑」……あたりはみなそうではなかったか。
 アートシアター以外の名画座にもずいぶん出かけた。彼の影響を受けたといったほうが正しいのかもしれない。
 丹下健三が設計したオリンピックの代々木会場で開かれた現代音楽祭。たしかジョン・ケージも来ていたのではなかったか。日独文化センターやアテネフランセでのイベントにもずいぶん通った。旅にも出た。
 アヴァンギャルドが勢いをもっていた時代だった。映画、美術、音楽……時代の先端の文化を彼と一緒に思い切り吸い込んだ。

 その後、彼がアメリカ人女性と結婚し渡米、サンフランシスコに居を構えるようになってからも、数年に一度くらいは会っている。仕事でこちらがサンフランシスコへ出かけたとき、あるいは彼が帰国したときなど。
 父の個展開催もあり、この秋久しぶりに息子とともに日本に戻ってきた。わが家で、そして酒場で酒を酌み交わした。
 画家・茂田井武さんの心は、子どもたちの中にちゃんとつながっている。

« 上山高史さんのライブ DUG閉店 | トップページ | 「父親たちの星条旗」とクリント・イーストウッド »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/75319/4471287

この記事へのトラックバック一覧です: 茂田井武の世界:

» シャガール [シャガール]
シャガール の案内専門サイトです [続きを読む]

« 上山高史さんのライブ DUG閉店 | トップページ | 「父親たちの星条旗」とクリント・イーストウッド »

2016年12月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

最近のトラックバック

無料ブログはココログ