« 2006年10月 | トップページ | 2006年12月 »

2006年11月27日 (月)

恥ずかしながら 初体験

 大阪での仕事の帰りに京都へ。
 休日の京都。曇り空。
 時間はあまりとれないので、東山三条で地下鉄を降り、休日の喧噪を避け、粟田神社へ。人影がまったくない。石段の短い参道の上に、カエデの紅葉。秋の土と枯葉の匂い。
Awata  境内からは平安神宮の鳥居や美術館が遠望できる。

 嵯峨野、東山の諸堂へ人は流れるのだろうか、知恩院あたりもそう多くはない。北門への道が閉ざされていて紅葉はみられず。
Hanamikoji

 祇園を抜け、錦小路へ。
 錦市場の「ぢんとら」でゆずを買う。錦市場は観光客用に模様替えした店が多くなってきた。

 数年間京都に仮住まいしたし、その前にも20回程度は京へ旅していたが、京都タワーの展望台に上がったこともないし、上がろうなんて思ってもいなかった。
 10代のころ京都タワーが京の街からぬっくりと突き出したとき、わたしも、わたしの周囲も、なんであんなものができるのだろうと、訝しく思い、また怒りの声を挙げたものだ。まあ、そういうことをやりそうな業者がいても不思議はないけれど、それを許してしまうのは、行政や街のひとはどう考えているのだろうと。
 当然、タワーの展望台に上がるなどという行為は思いもよらないし、むしろ上らないことが最低限の倫理であろうとも思っていた。それは、三里塚で反対闘争が闘われているなかで成田空港を利用することなんてできない、という意識と似ていた。

 が。
 ついに上ってしまったのである、京都タワーの展望台に。
 街に住むおじいちゃんに手を引かれた孫、地方からやってきたお年寄りの観光客、ニキビがたくさんの若いカップルたちに混じって、場違いな違和感を抱えながら展望台へのエレベーターに乗ってしまった。

 どうしてそんなことになったのか。知り合いが展望台の招待券をくれたからだ。そんなことがなければ、おそらく一生乗らなかっただろう……。たぶんそれは間違いない。
 とは言うものの、招待券をもらったからといって乗ってしまうわが身の弱さよ……。
Higasihonganji  で、展望台でぼんやりする。両本願寺、渉成園の木々が色づいている。

2006年11月23日 (木)

ザ・ビートルズ「LOVE」

 アメリカンポッポスやロックン・ロールを聴いていたのに、それを押しのけるようにビートルズが登場して、迷惑なことと感じ、ビートルズにはちょっと距離を置いていたと、亀和田武さんがどこかで書いていたけれど、わたしもそれに近かった。
 プレスリーに始まりポール・アンカ、ニール・セダカ、そしてなによりもデル・シャノンあたりをラジオで聴きこんでいた。
 そんな中、なんだかヘンに騒がしいバンドが出てきた。それがザ・ビートルズだった。
 高校1年のころだろうか、同級生が騒ぎ始めていた。はじめはどうもなじめなかった。けれどもなんだかんだ言いながら、次第にビートルズのサウンドに浸り始めていた。

 今回のザ・ビートルズのアルバム「LOVE」。すでにメンバーの二人がこの世にはいない。
 プロデューサーだったジョージ・マーティンとその息子であるジャイルズ・マーティンが、シルク・ド・ソレイユとのコラボレーションのためにマスター・テープから新たな実験的なミックスを作って欲しいと依頼されて作られたアルバム、とのこと。

Beatles  はじまりの「Because」がいい。それからジョージ・ハリスンの「Something」も。
 ときに、従来のアルバムとの違いに異和をもつこともあるが、何度か聴き重ねてみよう。
 どうアレンジされようが、生かされた原曲の声とサウンドはいまでもまっすぐに響いてくる。(「東芝EMI)

« 2006年10月 | トップページ | 2006年12月 »

2016年12月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

最近のトラックバック

無料ブログはココログ