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2006年9月10日 (日)

阿部和重と堀江貴文のご両人

 新聞の夕刊を広げていて、あるカラー写真に気づき驚いた。
Abe1_1  映画監督溝口健二さんの没後50年記念の国際シンポジウムで、招かれた参加者全員が壇上に並んでいる写真だ。
 着物を着た若尾文子さん、香川京子さん。お二人とも健在できれいだ。そのほか、映画監督の柳町光男さん、海外からの評論家や監督ら10人がずらりと並ぶ。その端に立っていたのが、作家の阿部和重さん。

 彼のファッションがじつに異彩を放つ。いやもしかすると異臭といったほうがふさわしいかもしれない。
 数ヶ月穿きっぱなしの様相を呈したジーンズ。膝が突き出しているだけでなく、その上の腿部分までたっぷり膨らませてている。その裾は、幾重にもたるみにたるみ、薄い色のスニーカーの上にかかる。Tシャツの上には、開け広げたシャツ。
 もちろん、街のどこにでもありそうな、今若者に流行りのファッションにすぎないが、膝上の腿まで形のままに膨らませたジーンズで、シンポジウムの壇上に登場した阿部さんの凄さ。これはただごとではない。
 それは、あの堀江貴文さんが、ボタンをかけることがけっしてできそうにないオープンシャツを広げて、きついTシャツの下からお腹を突き出したスタイルと双璧をなしている。堀江さんの場合は、バブリーな六本木ヒルズの景色とよくお似合いだったが、このシンポジウムの舞台と阿部さんのファッションはそぐわない。

 かつてヒッピーや、反体制的なファッションはいろいろあった。長髪だったり、すりきれたジーンズであったり。でも、そこにはいちおう美への構えというものがあった。
 そういう視点の欠片も感じさせない阿部さんの無配慮ぶりは、じつに見事。配慮を欠くこと、礼を失することにこそなにごとかがあると考えているのか、あるいはまったくそんなことに頓着していないのか、どちらにしても鈍な偉大さを感じさせてくれた。

 芥川賞受賞作「グランド・フィナーレ」をミーハー根性で読み、あまり心動かされなかったわたしも、この偉大なる無配慮ぶりがどこからやってくるのか、もう一作くらい読んでみたい、と思わせる舞台写真だった。

  (写真は朝日新聞9月8日夕刊掲載より)

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