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2006年8月 5日 (土)

「倫理性」に収斂されることについて

~『二十一世紀の資本主義論』~

○差異を生みだすことでもたらされる疲弊

 またまた岩井克人さんについて。
 思うに、岩井さんの論に異を唱えたくなるのは、経済学音痴の私のようなものにも、彼の文が経済学の本質をかみ砕いてわかりやすく説明してくれ、私がその土俵に乗ることができるからだろう。しかも、分析がつねに根底的であるところにも魅力がある。と、評価させてもらったうえで……。

 すでにみてきたように、差異こそ利潤を生み出す源泉である、そう岩井さんは一貫してとらえる。
「資本主義でありつづけるためには、差異そのものを意識的に創りだしていくほかはない」(『二十一世紀の資本主義論』)
 そして差異が評価されればそれはかならず標準化・平準化され、差異ではなくなってしまう。ITの普及と、グローバル化の進行のなかで、差異が差異でなくなるスピードはどんどん上がっている。製品の命は短くなっている。
 ということは、差異を生み出す動きも速めなければならない。市場開拓、技術開発、新製品開発が必要であることは当然だが、その速度がどんどん速まる。
 経済学の分析はそこまででよいのかもしれない。そこで働く主体がどのような状態を強いられるかは、守備範囲にはないのだろう。

 しかし、それを働く現場からみるとどうだろう。
 差異を生み出すために働く……。まずそれが転倒だが、しかも差異を生みだすために、そのスピードを上げざるをえない。
 差異を生みだすスピードを速めることは、働く主体に疲弊を蓄積させる速度をも上げる。
 差異を生み出すために働くという転倒が強いる疲弊。それは労働者だけのものではもちろんない、経営者も同じだ。いや、経営者のほうが疲弊の度は強いかもしれない。

 昨今の岩井さんは、ポスト産業資本主義下では、経済の中心が「お金」から「人」へと移行したことをいろいろな場で明らかにしている。
 産業資本主義時代にはお金の工場投資によって利益が得られたが、今日利潤を生み出す源泉は人間、その頭脳に移行したと。人間の独創性こそ求められると。
 たしかに恣意性は拡大しているだろうが、経済の中心が「お金」から「人」に移動したように錯覚するほど、さらに「人」は差異を生みだす責務で追いこまれているようにもみえる。

○「倫理性」と「資本主義」

 先月末朝日新聞に掲載された「資本主義と会社」(インタビューのまとめなので、細かい表現は差し引かなければならいないが)で、岩井さんは企業という法人を運営する経営者には「倫理性」が要求されることを強調していた。
「資本主義には、格差や不況、環境破壊や拝金主義など、様々な欠陥や矛盾を抱えてはいるが、それを超えるものは当分、生まれないだろう」とし、資本主義の矛盾を補完するものとして経営者の「倫理性」を高らかにうたう。

「倫理性」をうたうのは、この社会ではじつにもっともなことで、この社会とそこにおける人間の生き方に関する言説の論点は、ほとんどそこに収斂されるといっても過言ではない。「倫理性Iwaishinbun_1 」に焦点を当てるのがいちばん手っとり早いし、見えやすい。
 たしかに倫理やひとのこころは、強調しすぎることはないくらい、たいせつなことだ。岩井さんは「倫理の基本は、他の人間を自分の利益の手段としてのみ扱ってはいけないということだ」とする。そのとおりだが、資本制においては、他者を自分の利益の手段として扱ってしまう--つまり転倒を避けることはたいへん難しい。自分の利益の手段としてのみ扱うことはいくらでも、どこにでもころがっている。
 ひとがこの転倒から資本制社会において免れることが可能なのだろうか。もちろん、それを資本制にのみ固有と断言することは難しいかもしれないけれど。

「倫理性」は岩井さんのいう「自由」を保障する「資本主義」のもとでは、いつの時代でも高らかにうたわれてきたし、そしていつも「倫理性」は「資本主義」に敗退を重ねてきた。むしろ「倫理性」は「資本主義」で避けられない転倒を支える結果になっているとさえいえる。問題はその円環構造をどう突き破るのか、ということにこそ向けられるべきではないだろうか。

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