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2006年8月12日 (土)

アメリカへの屈折

○“プレスリーフリーク”

 少し前、藤原新也さんが新聞に「エルビスの亡霊」という小文を寄せていた。
 小泉首相が訪問先のアメリカでエルビスプレスリーへの熱狂ぶりを示していたことにかんしてのものだ。
 そのころあわただしくて、ニュースや映像をまともに見られなかったが、小泉さんのプレスリー邸でのパフォーマンスは映像が流れるのをちらっと見ていたので、藤原さんの文には同感だった。
Plesry  藤原さんは、小泉さんのプレスリーフリークぶりが手にとるようにわかる。というのも二人は同世代であり、かつ横須賀という進駐軍がいた街に子ども時代にいたこともあり、プレスリー邸での振る舞いの出自が、自分の体験と重ねてみえてくるからだ。
 子ども時代にアメリカ進駐軍に接し、また初期のテレビ時代でアメリカ文化に接したた子どもたちのだれもが、アメリカへ憧れを抱き、絶大な影響を受けた。(写真はプレスリー「I feel so bad」(ビクター)
 問題は、子ども時代のその圧倒的な体験と、成長し、大人になったあと、どう向き合っているかだ。

 かつて小泉首相が訪米してブッシュ大統領の別荘だったかに出向いたとき、二人でうれしそうにキャチボールをしていたことを想い出す。アメリカの大統領とキャッチボールをして満面の笑みを浮かべる、衒いのない笑顔に、アメリカという国にたいして屈折のまったくない彼の心情を見た思いがした。
 その後、彼のとる政策や発言には、その内実が素直に表されていたようにみえる。

 そして最近、メンフィス・プレスリー邸で行った彼のパフォーマンスをテレビ画面でちらちらと見て、その「猿まね」ぶりに藤原さんや、藤原さんの知り合いの主婦が気恥ずかしかったのと同じ想いにとらわれ、困惑し、あきれた。
 わたしのように、若干下の世代からもう少し詳しく表現すれば、ああ、屈折がないんだなあ、まいったなあ、というところ。

○絶対の「正義」との距離

 藤原さんが書いたように、わたしも住んでいた上野不忍池あたりを走る外車を眺めて「キャデラック」だ「ビュイック」だ、と兄たちが騒ぐ脇に立っていた。
 映画でも「荒野の決闘」や西部劇に圧倒的な影響を受けたし、テレビでアメリカのホームドラマや西部劇にもいかれた。
 でも、少し大きくなって、社会でのさまざまなできごとを学べば、その巨大で豊かで素晴らしいアメリカの影がいやおうなくみえてくる。
 たとえばジョン・ウェイン。西部劇の黄金時代を支えた男優。彼には憧れた。でも自らメガホンをとり、アラモ砦の激闘を描いた「アラモ」を見たあと、敵であるメキシコ軍側を単純に悪としてとらえるだけではすまなくなってくる。砦に立てこもったものたちを英雄として描けば描くほど、「正義」を描けば描くほど、その戦争の相手や背景をも思わざるをえなくなる。でも、そのあたりはほとんど描かれていなかったように記憶している。
 たぶん、そういうストレートなところがアメリカという国のひとつの特徴であり実態なのだろうと思い始める。制作は1960年、日本上映はその年か翌年だろうから、中学1年くらいに観たはずだが、アメリカかぶれの少年だってそんな感想を抱きはしたのだ。
 それはベトナム戦争という現実で目の前に露わになった。

 多様なアメリカを一面でくくろうとは思わないけれども、少なくとも、屈折した目で見ることにはなる。まったくアメリカって国は……、というくらいの距離感は抱かざるをえない。
 小泉さんには、そういうところがまったく見られない。しあわせものともいえるが、とても怖いところでもある。ブッシュさんの絶対の「正義」を、輪をかけたように信奉しているようにすらみえてくる。

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