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2006年8月17日 (木)

糺の森の「納涼古本祭り」をぶらり

P1010009_1  8月11日~16日まで糺の森で開かれていた納涼古本祭りに出かける。京都三大古書祭りのひとつだ。
 曇り空のせいか、やや過ごしやすい古書探しだ。前回数年前のときは、午前中に入ったのに、汗が止まらなかった。
 道の両側にえんえんと店が並んでいる。今回は片側ずつ進み、最後まで行ったら反対側に折り返すことにする。流しながら見ているのだが、それでも片側に一時間半ほどかかる。
P1010010_1  大阪の梁山泊が店を出している。

 ジャズ雑誌「スイングジャーナル」のバックナンバーがひと山。ものすごい数が並んでいる。売り主のことを想像する。

 レコード、骨董品などを置く店もある。
 プライベートな写真アルバムも無造作に積まれている。そういえば、天神さんあたりでもそんなのが並んでいたな。
 めくっていると、すでにずいぶん前に亡くなっている人の写真が貼られ、ところどころ剥がされている。
P1010011_1  どうして古書店の手に渡ったのだろうか。あれこれ推測してみる。
 家族が一度に事故などに遭い、その家の処分が業者などに任され、あらゆるものが売りに出された。
 先祖の遺産を受け継いでいた人が亡くなり、その後見者も不在で、一切合切が売りに出された。
 遺産を継いでいた人が金に困り、蔵ごと差し押さえられ、処分された。
 まあ、わたしの推測だからいずれも貧困な発想だ。

 この写真のもともとの所有者にとって、もしこのアルバムが後世の見ず知らずの人に買われたら、それはどうなのだろう。
 自分の人生の一部が見ず知らずの人間に覗かれ、ひどく恥ずかしいことかもしれない。あるいは、見ず知らずであっても後世の人間に自らの痕跡を示すことになって少しうれしいのかもしれない。
 ふと、購入してみたい気にもなったが、手にしてしまうと、なんかだやっかいな気もした。たんに写真が貼られたアルバムという紙以上のものを背負いこむようにも感じられ、アルバムを段ボールの中に戻す。

 片側が終わり南端出入り口の休み処で、ビールは我慢し、サイダーを飲んでひと休みしたあと、反対側へ。
P1010018_1  ある書店の棚に、たとえば吉本隆明の本がずらっと並んでいたりする。たぶん団塊世代あたりの吉本さんファンの人が亡くなったりして、遺族が処分したのだろう、などと勝手に想像したりもする。3年前亡くなった、吉本ファンの親友を東京から連れて来られたらなあ、との想いが過ぎる。

 結局、かつて所蔵していた本などを15冊前後買う。江藤淳、大江健三郎、石川啄木、安藤昌益らの書。前回よりは収穫あり。

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