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2006年6月 1日 (木)

「みゅーず」の店仕舞い そして

Myusu  

 迂闊だった。
 四条木屋町上ル、高瀬川のほとりにあったクラシックのカフェ「みゅーず」が閉店になったという。5月の連休明けのことらしい。2週間以上も経って、知りあいに教えてもらった。もちろん『ほっこり京都時間』でも“音に浸るカフェ”として紹介をしていた店だった。(写真は桜散る高瀬川の向こうに見えた「みゅーず」)
 一番はじめに行ったのは、高校の修学旅行のときだったろうか。
 高瀬川のせせらぎと響きあうように流れる音に耳傾けられるクラシックカフェ。京に旅するごとに訪ねるファンも少なくなかったにちがいない。わたしにとっては、モーツァルトのオーボエ協奏曲あたりがよく似合う空間だった。

 店のご主人の弁では、河原町通にあった丸善(梶井基次郎の「檸檬」にも登場する書店)が撤退するなど環境の激減で夕方から夜にかけての客が減ってきたらしい(京都新聞データ)。周囲の木屋町通あたりの雰囲気もずいぶん変わったよう。商売がきつくなったというのが理由ではなく、そろそろ潮時との判断らしいが、環境変化のほか、スタバやドトールのような店舗が増えているのも影響しているのかもしれない。
 京でクラシックの店というと、あとは出町柳にある柳月堂くらいだろうか。音楽を聴くということでは柳月堂のほうが本格的だが、ロケーションでは、とても「みゅーず」には及ばない。
 建物は残されたまま飲食店になるということらしい。寂しくはあるが、これまでの「みゅーず」に感謝。

★「あらえびす」

 クラシック喫茶といえば、東京生まれ東京育ちのわたしにとっては、池袋の「コンサートホール」と早稲田の「あらえびす」ということになる。
 かつて犯罪者同盟を結成していた平岡正明さんの『昭和ジャズ喫茶伝説』(平凡社)でも、ジャズの店ではないのに、「あらえびす」が挙げられていた。
 平岡さんの文で想い出したが、そうだ、「あらえびす」のウェイトレスさんは必ず黒いセ-タと黒のタイトスカート姿だった。なぜかいつも生足。彼女たちが狭い通路を歩くたびに、脇のテーブルに腰を下ろしている私は、かすかに残される彼女(たち)の風の匂いを感じていた。まだ十代、抱え込んだナイフのような感性に悩まされていろころだった。
 平岡正明さんの時代には、モジリアニが描く首の長い女の子がいたらしく、“モジ”と呼ばれていたらしい。
 わたしが通っていたころは、小柄だけど、目がくりっとしてほっペにホクロあるウエイトレスさんがいた。好意を抱いたけれど、気持ちを示すなんてことはまったくできなかった。

 あのころ、グレン・グールドはまだマイナーで、ほとんどレコードがかけられることはなかった。ピアノやチェンバロなら、リヒテル、ゼルキン、ケンプ、ギーゼキング、クララ・ハスキルやヴァルヒャあたりがもてはやされていた。
 その「あらえびす」は八〇年代後半だろうか、静かに店を閉じた。

 「あらえびす」を経営していた女性オーナーが別にやっていた喫茶店が「ユタ」だったとを、平岡さんの本で知る。「ユタ」といえば、常磐新平さんがかつて通い続け、またその小説にも登場する喫茶店だった。
 こちらは2年前、常磐さんに早稲田通の想い出を書いていただく企画に同行し歩いたら、ちょうど閉店になった直後だった。常磐さんは、店内になにもなくなった店の前に、呆然と立ちすくんでいた。

★「コンサートホール」

 一方「コンサートホール」は「あらえびす」より前、インベーダーゲームの襲来で壮絶な最期を遂げた。
 池袋の繁華街、いまでは味も素っ気もないサンシャイン通りに変わる前、そのあたりに店を構えていたから、「あらえびす」とは客層が違い、水商売の方々もたくさん来ていた。奥浩平「青春の墓標」にもその名が登場している。
 学生時代、わたしはよく入り浸った。時間があれば出かけていた。社会に出てからも同人誌「原石」の会合などでもよく使った。
 姿を消したのは、忙しくてあまり店に寄らなくなった1980年代前半のことだ。どこの喫茶店にもインベーダーゲームが置かれるようになり始めていたころ。ビデオゲーム販売会社の売上回収車がゲームのコインを詰め込んだ袋の重みで、クルマのサスペンションが壊れてしまったというエピソードがまことしやかに語られた時代。
「コンサートホール」は、そのインベーダーの襲来を阻止できず、ついに華々しい討死を遂げ、突然ゲーム喫茶に変わってしまったのだった。

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