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2006年5月13日 (土)

世代論の危うさ

 鞍馬口通の部屋から見える北山、鞍馬山らの肌が濃淡の新緑で塗られる。そろそろ葵祭のころだ。
024

 ランチに入る店がいくつかある。そのうちのひとつが尾張屋。創業は540年以上前に遡る京都でも一二を争う老舗だ。ちなみに老舗番付では横綱を張っている(拙著『ほっこり京都時間』参照)。
 ここは毎朝、しっかり掃除をして水を撒き、玄関脇に塩を備えている。店前を通るだけでもすがすがしい。主人の姿勢が伝わってくる。

 数日前、夜の報道番組のこと。平塚で起きた、50代の女が実の娘を殺害し、義理の息子が自殺し、他に3人の遺体が発見された事件がとりあげられていた。
 このときゲストで招かれたコメンテーターの発言には首を傾げざるをえなかった。
 彼は、この女が50代半ば、団塊世代の一番最後あたりに属することを指摘したうえで、団塊世代は、自分の置かれた困難を、周囲のせいにしたがる傾向がある、といった趣旨のことを言っていた。団塊世代への警鐘である。
 この人は自らもくくられる団塊世代にたいして、このところ、ずっと発言をしている。定年退職を迎え、これからがほんとうに生き方を問われるのではないか、というように。これまでのそうした発言にたいして異を挟む気持ちはないし、共感も覚えている。
 しかし、この日の発言には二つの問題があるように思う。
 ひとつは、平塚の事件をそのまま団塊世代問題へと横すべりさせてしまうこと。
 もうひとつは、団塊世代は、自らの困難を周囲や社会のせいにしたがる、というとらえ方。

 団塊世代だろうが、他の世代だろうが、そういう傾向や、それが強い人はいるだろう。 このコメンテーターはかつて存在した全共闘運動あたりを念頭に、そういう認識をしているのかもしれないが、そもそも全共闘的運動に関わった人は当時でもごく少数だった。また、全共闘的運動では自らの困難を周囲や社会のせいにするのではなく、社会を批判しても、それを支えているのが自らでもあるという痛苦の念から出発していた。つまり、社会批判は自らをどう変えどう生きるのかという問いともにしかありえなかった。責任を周囲に押しつけてみずからを守るということとは異なものであった。
 平塚事件を団塊世代論へとつなげるのは、あまりにも飛躍がありすぎる。テレビというメディアで短時間で語ることの困難もあるのだろうが。
 雑誌特集でも、テレビでも、団塊世代論が花盛りだが、団塊世代にかぎらず、世代論というのはなかなか難しい。

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