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2006年4月30日 (日)

三条通

 『ほっこり京都時間』(日本出版社)にも書いたが、三条通を歩くのは楽しい。
 ということで、オフィスに寄ったあと三条通を少し歩く。
 ゴールデンウィークのせいか、人が多い。

 三条通には、明治期の建物が数軒残されている。京都文化博物館の別館は、東京駅なども手がけた辰野金吾さん設計の日本銀行京都支店。別館の奥に金庫室を利用したカフェがあることは知らなかった。別館の雰囲気に合わせたお洒落なインテリアのカフェ。
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少し烏丸通方面に進むと、同じく煉瓦造りの中京郵便局も明治の建物で外観をそのまま残し中は建て替えている。 三条烏丸にある、みずほ銀行も辰野金吾さんの設計のよう。

http://toyodasha.in.coocan.jp/

2006年4月29日 (土)

バーデン・パウエルの再発アルバム

 バーデン・パウエル
 10代のころ、少しギターをやっていたし、ボサノヴァも好きだったから、もちろん彼のレコードは少し持っていた。
 ギターのテクニックはしばしば“超絶的”と言われるほど凄いし、音にもパワーがあるので嫌いではなかった。「悲しみのサンバ」や「カーニバルの朝」「ジェット機のサンバ」など、ポピュラーでもあった。

 再発された「ポエマ・オン・ギター(POEMA ON GUITAR)」(MPS)。アルバムは持っていなかった。この盤を聴いて驚いた。ヨーロッパのジャズミュージシャンとの共演で、共振し乗っている。メロディに流れすぎないし、テクニックだけにも流れないし。ヴィニシウス・ジ・モラエスに捧げた冒頭の「詩人にぴったり」はjazzyでもあり、最高。
 録音は1967年11月ドイツ。東京の街も騒然とし始めていたころ。

 ジョアン・ジルベルト、アントニオ・カルロス・ジョビン、マルコス・ヴァーリ、セバスチャン・タパジョス、トッキーニョ、クァルテット・エン・シー……。そこへ、しばらく忘れていたバーデン・パウエルが再び浮上。
 ボサノヴァ、サンバに耳傾ける愉しみがまた増えた。

Powell1

2006年4月23日 (日)

梅田望夫『ウェブ進化論』をめぐって

Websinka3

○Web1.0から2.0へ

 マイクロソフトのビルゲイツさんのことをもう古いと斬る『ウェブ進化論』。なかなか面白いことが書かれている。

 著者の梅田望夫さんによると、インターネットの世界、現在はWeb1.0だが、いま2.0への地殻変動が起こりつつあるという。
 Web2.0の特徴のひとつは、ネットユーザをこれまでのように受動的なサービス享受者ととらえるのではなく、能動的な表現者ととらえて、積極的に参加してもらうしくみの世界をいうよう。
 日頃ユーザとしてネット世界にいて、ぼんやり感じていること、その先のことを明確に言い切っている。

○チープ革命・オープンソース

 キーワードがいくつか並んでいる。
 まずは「チープ革命」。
 あらゆるIT関連製品のコストは、年率30から40%下落する。たとえば、これまでプロでないとなかなか手にできなかったコンテンツ制作の道具も格安で用意できるようになった。要するにプロでないどんな人間でもさまざまなメディアの表現手段を手にできるようになってきたということだ。コンテンツでも玉石混交の世界の出現でもある。
 つぎに「オープンソース」。
 あるソフトのソースコードが無償で公開され、不特定多数のひとがその開発に参加できる。UNIXがその例。

 こうして、インターネット、チープ革命、オープンソースの三つを著者は「次の一〇年への三大潮流」と定義している。
 そしてこの三つが相乗効果を起こし、次のような三大法則のルールを生み出し、ネット世界は発展し始めたという。
 第一法則:神からの世界理解
 第二法則:ネット上に作った人間の分身がカネを稼いでくれる新しい経済圏
 第三法則 無限大×ゼロ=サムシング、あるいは、消えて失われていったはずの価値の集積
 ※第一の「神の視点」についてはあとで触れよう。

○ロングテールの可能性

 ロングテール現象については、出版界の例がわかりやすい。そもそもこの業界では、ごくわずかの大ベストセラーが業界売上の多くを占め、その他の圧倒的多数の商品はわずかしか売れず、業界全体売上に占める割合も少ない。
 視点を変えれば、とるに足らない80%は無視し、重要な20%に力を投入せよ、それこそが経営効率を高める、とふつう考えられてきた。
 ところが、今進んでいるWeb2.0の世界では、わずかしか売れない、膨大な数の「取るに足らない」80%(ロングテールと呼ばれる)を売る事業モデルが生み出されつつある。
 じじつアマゾンドットコムは、売上の三分の一前後をリアル書店が在庫を持たない、このロングテール商品から上げているのだという。

 そしてグーグルは、自分たちはロングテールを追求する会社だと宣言したという。
 これは大量生産・大量廃棄を旨とする(せざるをえない)スタイルに風穴を開ける画期的な事態ともいえる。事実、それはスモールビジネスと個人ビジネスのインフラを用意するものと、グーグルの経営者は考えている。
 とすれば、効率を重視すれば大量生産・大量消費にならざるをえない社会のあり方に、別のスタイルを導入することにもつながる。大量生産依存からの脱却ともいえる。
 販売・流通の革命は、もちろん生産と消費のあり方にも影響を及ぼす。

(以下はこちらへ)
 徒然にスロー

2006年4月22日 (土)

団塊フェア

 久しぶりに東京のジュンク堂書店に寄る。
 エスカレータ横の壁に「団塊フェア」開催中とある。2階フロアを歩いてもなかなか見つからないが、奥の小さな一角にようやくコーナーを探し出す。
 3棚ほどに50点前後だろうか、書籍、ムックが並んでいる。「団塊」という括りで書棚がいくつかできてしまう。ふう。

 まず目に付くのが、団塊市場についての本。大手広告代理店が分析する団塊世代のマーケティング書など。マーケティング本のはずなのに、自身のルサンチマンが露わにされている三浦展さん『団塊世代を総括する』もちゃんと置かれている。団塊世代の生き甲斐発見のムックもある。

 小説では堺屋太一さんの『エクスペリエンツ7 団塊の七人』。
 そのほか、なぜかマルクスに関する本が。といっても最近出た、コメント本のようなもの。
 三田誠広さんの『僕って何』、高野悦子さんの『二十歳の原点』まで並んでいる。全共闘の写真集。吉本さんの『共同幻想論』もあったかな。

 仕事に必要な他の本と合わせて、『二十歳の原点』(文庫)を買う。たしか、亡くなった親友の書斎から持ってきたものがあるはずだが。

 71年ごろに出版されたときは、書店でちらっと見たきり、棚に戻した記憶がある。当時、無数にあった青春のひとつにすぎず、死に魅せられていた若者はたくさんいたし、『二十歳の原点』は甘すぎるように思えたから。
 歳を重ねたあと京都に仮住いするようになり、そうだ、高野さんは京都の大学にいたんだな、と想い出し、買ってきた文庫を、その晩改めて読み進めてみた。

 立命館大学の広小路キャンパスや、よく出てくる「しあんくれーる」はすでにない(写真は、店跡)。
 高野さんは同じ世代の男の子には充たされず、年上、働いている“生活者”としての男性に惹かれていたのだと思う。
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 それに、京に仮寓居を構えてから感じるようになったが、京都という街のサイズ。ふつうに生きていくにはほどよい広さの空間に違いない。東京のように締まりのない広さよりずっといい。
 ただ、当時セクトやグループが相争い、友人どうしで生き様を鋭く問い合う状況下では、東京に比べずっとコンパクトなこの空間では、逃げ道や息抜きの場を確保しにくく、しんどさは増幅されたのかもしれない。
 文庫の奥付を見て驚いた。「平成17年10月 48刷」とある。たいへんなロングセラーだ。

2006年4月16日 (日)

『中上健次[未収録]対論集成』

Nakagami  喉が痛くて寝込む。熱が出たのは数年ぶり。つらい。
 ベッドで『中上健次[未収録]対論集成』(作品社)を手にする。550ページもあり分厚いので、持つのがたいへんだ。
 すっかり忘れていたが、雑誌「文學界」で中野孝次と柄谷行人がやらかした大喧嘩座談も掲載されている。
 テーマは『戦後文学の「内部」と「外部」』。出席しているのは中上健次、中野孝次、秋山駿、柄谷行人の4人だが、中野さんと柄谷さんの喧嘩はエスカレート、最後は「黙ってろ」、「何言ってやがんだ、バカ野郎」で終わる。1985年のことだからもう20年前。どっちもどっちという感は拭えない。

 その座談の2年前に「海燕」に載った中上さんと吉本隆明さんの対談も掲載されている。
 中上さんは、柄谷行人や浅田彰、蓮實重彦の各氏をしきりに評価し、吉本さんの理解を求める、というかサービス精神を発揮しているのだが、吉本さんは気乗りせずに終わっている。
 「僕は知識は悪だとおもっている」とぼそっと語った吉本さんの言が光っている。

2006年4月15日 (土)

『「資本」論』

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 1週間前の賀茂川堤の桜。

 稲葉振一郎さんの『「資本」論』を読む。「取引する身体/取引される身体」とサブタイトルが付けられている、40代前半の学者さんの書だ。
 他人様の批判などしたくないし、できるような分際ではないことは重々承知の上で、それでも、ここで書かれた結論は違うぜ、と異を挟まざるをえなくなる。
 詳しくは、「徒然にスロー」内へ

2006年4月13日 (木)

ステファン・グラッペリ「枯葉」

Paris3  ヴァイオリンという楽器、妙にベタついていやだなと感じるときと、素直に心にしっとりと入ってくるときがある。
 ステファン・グラッペリというフランスのジャズ・ヴァイオリニストの場合も同様で、すこしねっとりしていてベタついて困るな、ということもないわけではない。しかし「アフターヌーン・イン・パリ」(MPS)における「枯葉」は、じつに心にしみ入る。
 ピアノもベースも名を聞いたことのないプレイヤーだが、パリで弾いていてステファンと気心の知れた仲間なのだろう。「枯葉」という名曲を得て、彼のヴァイオリンは流れるように歌う。

 はじめて聴いたのは、もう15年前後前のことだろうか。平日の昼下がり、池袋のジャズの店だった。だいたい平日の昼下がりのジャズ喫茶って、メインストリームから外れた、少し哀しい空間だ。学生崩れ、怠けているサラリーマンがぽつりと座っているくらいだった。私も仕事に就いていない短い間のときだった。
 冬、その店は西口の小さなビルの3階あたりにあった。ドアには隙間があり、冷たい風が流れこみ、体が暖まらなかった。
 ヴァイオリンの「枯葉」が流れ始める。ビル・エヴァンスのように旋律を大胆に壊さずに活かしながら、切々と歌い上げていた。
 以来、愛聴曲に。

 池袋にはジャズの店はなかなか育たない。というか継続しない。
 中上健次もどこかで名を挙げていたが、「キス」という店があった。東口の小さなビルの上の方。60年代末にあったその店は、70年代に消えた。夏、冷房をガンガン効かせていて、「寒いね」と隣にいた女の子と体を縮めた。なぜか、京都から一人で旅に来ていた子だった。
 そういえば60年代後半、西口のVANの上にもジャズの店があった。ウエイトレスが長い髪で目の大きな子。で、無愛想。それが魅力だった。VANが経営していたのではなかったか。70年前にはなくなった。

http://toyodasha.in.coocan.jp/index.htm

2006年4月 9日 (日)

夜の御所桜

○4月7日

 酔いの帰り、夜の御所に入る。
 広い砂利道を進む。今出川御門近くの桜エリアへ。
 ライトアップがあるわけではないので、あまり見えない。見上げる桜の合間から朧の上弦の月。平安朝時代人なら、ライトアップの仕掛けもないから、こんなふうに見上げていたのだろう。

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 数年前だろうか、来たときはグループが桜を囲んでどんちゃん騒ぎをしていてがっかりしたが、今回はひと組の若いカップルが椅子に腰かけてささやきあっているくらい。

 夜の相国寺境内を抜ける。0時すぎだろうか、テレビを付けると井上陽水と山田詠美が対談をしている。

○4月8日

 早く目が覚め、昨夜寄った御所桜を愛でようと自転車に。
 上御霊神社では地元の人のボランティアだろうか、10人ほどが掃いている。相国寺では、若い僧が参道の石の上を箒を左右に振りながら進む。早朝のお寺や神社は帚で地面を掃く音が清々しい。
 昨夜寄った御所桜の元へ。7時前だが、散歩の人、カメラを手にする人が。紅枝垂れとソメイヨシノの花、そして葉が伸び始め、桜色、桃色、緑色が交錯し乱舞している。

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 思いついて賀茂川、そして下鴨神社へ。
 賀茂川の堤には桜色の帯が見事に伸び、下鴨神社門前の桜も満開。
 
 部屋に戻り、ドリップ珈琲を飲みながら、ドイツの新星マルティン・シュタットフェルトフェルトが弾くバッハの「ゴールドベルク変奏曲」を流す。
 悪くない。ときどきオクターブ上に旋律を移したりして、意表を衝いてくる。ただ若きグールドのような、緊張が張りつめた感じはない。

 ★サイト http://toyodasha.in.coocan.jp/index.htm

2006年4月 5日 (水)

不良ロック野郎のストイシズム

4月3日

 前夜の雷と風雨が去り、快晴の朝。
 新幹線で東京から京都へ。
 陽の昇るのがずいぶん早くなってきた。品川あたりから白い富士が街並みの向こうに見える。富士駅あたりから眺めると、山頂あたりは粉雪が舞っている。

 ローリングストーンズが来日している。
 東京ドームのライブにでかけたのは、もう10年くらいまえだろう。
 そのときはチャーリーワッツがこれが最後かもと言ってようだが、今回も元気に来日している。62歳のミック・ジャガーは引き締まった体でステージを駆けまわる。
 どこかにストイックなものをもっていなければ、体も体力も維持できない。彼らのストイシズムはどこからやってくるのだろう。「不良ロック野郎」たちのストイシズム。

4月4日

 武蔵野の夜桜を愛でる。

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2006年4月 1日 (土)

3月の軽井沢

豊田舎サイトhttp://toyodasha.in.coocan.jp/index.htm内にあった鞍馬口風録を4月1日よりブログへ移行。

○3月26日(日)

 朝7時クルマで軽井沢へ向かう。関越自動車道・上信越自動車道を経て、碓氷・軽井沢ICで降りる。出発が遅かったので関越はずいぶんクルマが多い。

 旧軽井沢のホテルで朝食。到着したのが遅いせいで、ラウンジの客はほぼ朝食を終えそうな時間。木立の庭が見える窓際で朝食。

 旧軽井沢をぶらりとするが、昔からの店が姿を消し、「観光スポット」風の新しい店がますます増えてきたよう。大城レース店やパンの浅野屋ら昔からの店も残っているが。

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 スローフードを看板に掲げるレストランもあり……。
 3月の軽井沢は日曜でもまだ半分眠っていて、3月に入って本格稼動になるようだ。

 軽井沢へ出れば以前はよく出向いたセゾン現代美術館がどうなっているか、たしかめるために別荘地の千ヶ滝へ出てみる。近くのスーパーマーケットがなくなったことを、かつて江藤淳が文芸誌のエッセイで嘆いていたが、その店は閉鎖されたまま、変わらず風雨に晒されている。
 美術館もなくなってしまったのではないかと心配だったが、どうやらまだ生き残っているよう。セゾングループの危機と再編の中で閉鎖されてもやむをえないような状況なのだろうが。ジャクスン・ポロックやジャスパー・ジョーンズ、サム・フランシス、アンディ・ウォーホルらの作品が並んでいたはず。
 今年は4月から営業開始ということで、3月いっぱいはまだ門を閉じたままだ。
 雪にまぶされた浅間山が目の前にそびえる。

○4月1日(土)

 ビル・エヴァンスの「枯葉」take1。スコット・ラファロとのインタープレイは何度聴いても圧巻。休日の朝の定番。 
 武蔵野の桜は、まだ咲き始め。

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